アンジェラ・アキのすべて

● 2006.07.19 インタビュー 西日本新聞・朝刊

2006.7.19
1対1のつながりを大切にしたい
西日本新聞 朝刊掲載
 

アンジェラ・アキは鍵盤をたたきつけるようなダイナミックなピアノプレイと、伸びやかな歌声で独特の存在感を放つアンジェラ・アキ。
オリコン初登場2位のファーストアルバム「Home」に収められた、
聴く人々の心を勇気づける曲の影には、米国での苦労の日々があったようです。


―「Home」が2位に入りましたね。

アンジェラ:びっくりしました。米国でのアマチュア時代、デモテープみたいなCDを1枚500円くらいで売ってたんですけど、500枚売るのに3年かかりましたから。(Homeは)え、2週間で30万枚売れたの? って。信じられない数字です。

―自分としても満足がいくアルバムは?

アンジェラ :満足という言葉では表現できないですね。曲を作り出してから十数年やってきて、アマチュア時代を含めたキャリアの総括。スタートでありゴールである、という感慨深いアルバムです。

―本格的に歌を始めたのは、サラ・マクラクランのライブがきっかけとか。

アンジェラ :18歳のとき、(当時住んでいた)ワシントンD.C.で。ステージに彼女が立ってて、1万人くらいお客さんがいたんですけど、それが1対1万でなく、1対1が1万回という感じなんです。音楽を通してつながってるというのが実感できて、私も音楽をやるなら、こういうことをしたいって。

―米国ではバンドで活動を?

アンジェラ:飲み屋ならバンドで歌ってたし、スターバックスのロビーなら、1人でピアノの弾き語り。

―1対1という気持ちは、今も?
 
アンジェラ:変わってないですね。それが音楽を続けてきた理由。自分を信じてとか、才能があると思ってやってきたのでなく、歌を歌ってるときの1対1という気持ちが原動力です。

―曲の中には、自分に対する応援ソングもあるそうですね。

アンジェラ:自分が落ち込んだときに、どうしたら強くなれるんだろうって思いが、曲に反映されるんです。それが誰かに応援ソングとして届くとしたら、それは私が1人の人間として同じような思いを持って生きてて、同じ感情でつながってるからだと思う。

―米国では時給2ドル13セントのアルバイトもしながら、音楽活動を続けたそうで。

アンジェラ:あまりにも少なくてビックリして、「213」という数字は覚えてます。音楽をやめようとは何回も思ったけど、40歳になって振り返ったときに、ひとしきり頑張ったっていうことが言いたかったんですよね、メジャーデビューできなくても。

―アルバム中の「ハレルヤ」の「笑みの絶えた子供達や愛に飢えた大人達」という歌詞は、現代日本の現状を見て書いた?

アンジェラ:ワシントンD.C.に、だんなさんと弟がイラク戦争に行ってる親友がいて、「(2人の所属)部隊の何人が死亡した」とか電話がかかってくるんです。私はそういう危機感なしに生きてるけど、彼女はあるんだなって。ただ、平和ボケしてる日本といわれるけど、その中でも必死で闘ってる人たちがいると思うし、必死に生きようとしてる子供たちだっているとか、いろんなことを考えて書きました。

―独特のピアノプレイは昔から?

アンジェラ :(クラシックピアノの)先生によく怒られてました、ダイナミックに弾きすぎるって。それはフォルティシモじゃないよ、普通のフォルテだよ、とか。でも、大学時代に学んだジャズを通して、自己流が大事だとわかりました。

―今秋、全国ツアーがありますね。

アンジェラ :キックオフが「Zepp Fukuoka」。すごく楽しみ。

―その福岡の印象は?

アンジェラ:都会の部分と自然の部分が共存してるのがすてき。福岡で買い物するの好きなんですよ。古着屋さんとか充実してるし。すごく好きな場所ですね。

■2006年7月19日付け 西日本新聞 朝刊掲載全文


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by a20050309 | 2006-07-19 05:00 | ●アンジェラ2006