アンジェラ・アキのすべて

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WAVEのイベント

2006.3.29
WAVEのイベント

WAVE BOOM TOWN Sounds Green Live のステージで行なわれた。
渋谷duo music exchangeにて開催されたこのイベントには、
アンジェラ・アキ、Joelle、植村花菜らが出演。


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by a20050309 | 2006-03-29 00:01 | ●アンジェラ2006

● 2006.03.22 インタビュー

2006.3.22のインタビュー


――中学まで日本に住んで、その後渡米されたアンジェラさんですが、音楽活動を始めたのはいつ頃なんですか?


【アンジェラ】 曲は岡山に住んでいた中学時代からたくさん作ってたんですけど、ただ単に“あなたが好きよ~”っていう曲ではなくて、人に対する大切なメッセージを乗せてもっと深い部分で表現するっていうのは大学時代のライブでやり始めましたね。

――大学時代というと、アメリカに住んでいた事が音楽に影響を与えたんでしょうか?

【アンジェラ】 そうですね。フィオナ・アップルとかアーニー・ディフランコとか、その辺の女性シンガーソングライターにすごく影響を受けて、魂を感じる曲を自分でもやりたいなって思うようになりました。

――歌っている時のアンジェラさんは、確かに魂こもってる感じがします。髪も振り乱して(笑)。


【アンジェラ】 けっこう強烈って言われます(笑)。ヘアメイクさんが“アンジェラはね、歌ってる時はキレイじゃないんだよね”って(笑)。でも表情とか髪とか気にしたりっていうのを通り越してしまうんですよね、歌ってる時は。

――今回の「Kiss Me Good-Bye」も魂のこもった曲で。 『ファイナルファンタジーXII』 の挿入歌なんですよね。


【アンジェラ】 あのね、これ、すごいお話がありまして。アメリカから日本に戻ってきた2003年の頭、まだデビューも決まっていなかった時に、私のデモテープを聴いた植松伸夫さん(ファイナルファンタジーの楽曲を手がけるゲーム音楽界の巨匠)が“この子でやりたい”って言ってくれたんですよ!

――えっ、そうなんだ!売れてから決まった話じゃないんですね。


【アンジェラ】 そう、3年前からあったんですよ。 私がその話を知らないうちに、私の声をイメージして曲も作ってくれていて。単純に“声”で選んでくれたということで、すごい嬉しいんです。

――でも、これまで作詞作曲ともに自分で行ってきたアンジェラさんが、他の方の作った曲に詞を乗せるっていうのは難しいものじゃないですか?


【アンジェラ】 すごく素敵なメロディだったから、歌詞はすぐに思いついたんですけど、“歌う”ことがチャレンジだったんですよ。

最初に歌入れをした時に、なんかこう、自分のものにしきれていないなというのがあって。それで思ったのが、作詞作曲をしない “シンガー” の方って、他の誰が作った曲でも、それを聴くとその方の曲だ! って思えるくらい自分のものに出来る力があるんだけど、“シンガーソングライター”としてやってきた私は、その“シンガー”の部分にフォーカスが足りなかったのかなと。

これはシンガーとしての自分を成長させる良い機会だなと思ったし、植松さんがこんなに良い曲を書いてくれたからこそ、植松さんの曲だけど “アンジェラ・アキの 「Kiss Me Good-Bye」 ” って思われるまでにしたいなと思って。最近ライブで歌うようになって、段々自分のものに出来てきました。

――そのライブ、初のワンマンが5月にあるんですよね。いきなり1500名のキャパシティーがある会場で。


【アンジェラ】 そう。それだけの人が観たいと思ってくれてるっていうのは、もう本当に感動的なことですよね。でも何千人居ても、その場でしか感じられない繋がりを大事にして、1対1の気持ちで伝えていきたいなって思います。


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by a20050309 | 2006-03-22 20:13 | ●アンジェラ2006

● アンジェラ・アキ Premium LIVE

2006.3.18
DREAMe-W SPECIAL 
アンジェラ・アキ Premium LIVE


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アンジェラ・アキが中学時代をすごした岡山でイベントナイブ。
この日、CSRの芸術・文化面での取り組みのひとつとして、
地元出身の才能と地元にできた公共性のある新しい施設を盛り上げる目的に、
アンジェラ・アキが呼ばれ
「DREAMe-W SPECIAL Premium LIVE」 が企画開催された。



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会場がルネスホールということで特別協賛の中国銀行岡山支店長からのMC。

「ここのルネスホールは日本銀行岡山支店として大正11年に当時の銀行建築の第1人者だった長野宇平治氏の設計により建築されました。外観はギリシャ様式の趣向がいたるところにちりばめられ、内装についても漆喰仕上げを施した天井や、階段や回廊に取り付けられた手すりのデザインなど、随所に高度な施行技術を垣間見ることができます。

平成17年9月に、この大正期の優れた歴史的建築物を後世に残すため、岡山の新たな文化・芸術の創造拠点として生まれ変わりました。今日は中学まで岡山にいらしたシンガー、アンジェラ・アキさんのミニコンサートをお楽しみください」。

d0128285_2119891.jpgアンジェラ・アキの3月15日リリースの 『Kiss Me Good-Bye』 をはじめ、5曲を熱唱。
トークコーナーでは岡山時代の思い出がアンジーから、いつものMC(^0_0^)♪のように熱く語られた。

○セットリスト

1.Eyes On Me

2.We're All Alone

3.愛するもの

4.Kiss Me Good-Bye

5.HOME

※トークショー(50分)




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◎アンジェラ・アキ Premium LIVE
■日時  平成18年3月18日(土) 18時から
■場所  ルネスホール (旧 日本銀行岡山支店跡)
■招待者 180名


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by a20050309 | 2006-03-18 18:00 | ●アンジェラ2006

● ファイナルファンタジーXIIプレミアムミニライブ2006.3.16

2006.03.16
渋谷ジャック! 『ファイナルファンタジーXII』 
プレミアム・ミニライブ


スクウェア・エニックスのプレイステーション2用ソフト 『ファイナルファンタジーXII』 が発売された2006年3月16日。早朝6時45分から、カウントダウンイベントで盛り上がった SHIBUYA TSUTAYA で、 『ファイナルファンタジーXII』 プレミアム・ミニライブが開催された。『ファイナルファンタジー』 シリーズの作曲を手がける植松伸夫氏も参加するこのイベントは、午前10時までにSHIBUYA TSUTAYAで 『ファイナルファンタジーXII』 を購入した人の中から抽選で選ばれた人のみ観覧できる、まさにプレミアムイベントとなった。


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ステージにアンジェラ・アキが登場すると、客席からは待ってましたと言わんばかりの拍手が沸き起こった。アンジェラ・アキは、集まったファンへの感謝の気持ちを込めるかのように、 『ファイナルファンタジーVIII』 の挿入歌 『Eyes On Me』 を披露。その力強く、やさしい歌声が会場に響き渡り、ファンの表情は早くもうっとりとしていた。 『Eyes On Me』 を歌い終えたアンジェラ・アキは、 「この曲はピアノを弾いている私自身も鳥肌が立つくらいすばらしい曲。どっぷりはまりながら歌わせてもらいました」 と挨拶。 続けて、 「会場に来てくださったみなさんは、朝から 『ファイナルファンタジーXII』 を購入されたということで、ありがとうございました。正直、みんなゲームに夢中になって、ライブに来てくれないかもと思っちゃいました」 とコメント。

d0128285_1164151.jpgアンジェラは 「 『ファイナルファンタジー』 に関して言えば、 『VII』 をプレイしたことがあります。私の妹がゲーマーなので、家ではよく遊んでいますね。あと、アメリカにいる母方の家族が 『ファイナルファンタジー』 シリーズのファンで、このまえ親戚から連絡があったです。 『XII』 の挿入歌を歌うアーティストが、アンジェラと同性同名なんだよ って。それ私だからってツッコミましたね。アンジェラ・アキって名前がそんなに日本にはいないよって」 と、身内にゲーム好きが多いことを話した。


d0128285_135944.jpgステージにスペシャルゲストが! 『ファイナルファンタジー』シリーズのすべての音楽をプロデュースする植松伸夫氏が登場したのだ。ファンに歓迎された植松氏は、アンジェラとの関係について、 「彼女とはすっかり打ち解けています。レコーディングスタジオでは、収録よりもおしゃべりしている時間のほうが長いかも」 と説明。 同じ四国出身 (植松氏が高知県、アンジェラが徳島県) であること、植松氏が『IX』制作でハワイに駐在していたときにアンジェラもハワイに住んでいたこと、ふたりの意外な共通点も披露した。そして、植松氏は  「僕は中学自体エルトン・ジョンが好きだったんです。弾きがたりなんだけど、ピアノがロックに聞こえるっていう。そういうアーティストはしばらく見なかったんですが、アンジェラのデモテープを聞いたときにピアノがロックだったのでいただきだっ て感じました。そういう意味では音楽の好みも共通している部分がある」 とコメントした。それを受けたアンジェラも 「そうですね。ロックはクラシックと違って、音を間違えてもかっこよく聞こえるんです(笑)。私は鍵盤のタッチが強くて、ピアノの生演奏で調律が狂うことがよくあります」 と話した。ピアノは打楽器であるという点で、ふたりは意気投合したということが判明したのだ。


d0128285_1442736.jpg話題はいよいよ 『ファイナルファンタジーXII』 の挿入歌 『Kiss Me Good-Bye』 へ。
 「「僕が作ったこの曲を、歌詞がない状態でアンジェラにデモテープを渡したら、彼女は"ラララ~♪"だけで歌ったテープを返してくれました。そのテープを最後まで聞く必要もなく、これはイケると思った」 と、アンジェラの起用について語った。植松氏に依頼され、曲に歌詞をつける作業をすることになったアンジェラは

『ファイナルファンタジーXII』 の挿入歌ということで、私でいいのかなと思いました。植松さんから受け取ったメロディーを聞いたとき、なんて壮大な世界観を感じさせる曲なんだって感じました。でも壮大なんだけど、ただ両手を広げて"愛している"というイメージではなく、少し複雑で切ない印象を受けて、その切なさはきっと別れなのかもしれないと率直に思いました。

そのときにゲームでも恋愛でも友情でも、誰かが夢を入れてくれると感じました。そんな中で思いついた歌詞のラインが "愛は死ぬ運命でも泣きはしない。あなたが私の現実に夢を入れてくれたから" っていう詞が植松さんのメロディーで浮かびました。その歌詞は、薬局で買い物をした帰りに考えていたときにフッと降りてきました。これは忘れないうちにメモしなければと、急いでコンビニに駆け込んでペンを借りて書きました
」 と、

驚きのエピソード。


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SHIBUYA TSUTAYAで『Kiss Me Good-Bye』を熱唱するアンジェラの姿が、屋外ビジョンで生中継! 渋谷の街にアンジェラの歌声が響き渡り、横断歩道の信号が青になったことに気づかずに、ビジョンを見つめる通行人も。

そしてライブへ。
CMなどでも聴き慣れたこの曲。それを生で聴けたとあって、ファンも至福の表情を浮かべていた。また、この模様は、屋外ビジョン (109フォーラムビジョン、Q's EYE、スーパーライザ渋谷) で生中継されて、まさにアンジェラ・アキが渋谷をジャックした。

最後にアンジェラと植松氏がファンひとりひとりと握手をして、イベントは無事終了。早朝から渋谷を賑せた『ファイナルファンタジーXII』フィーバーは、こうして幕を下ろした。

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ファイナルファンタジーXIIプレミアム・ミニライブ
○日時 2006年3月16日
○会場 SHIBUYA TSUTAYA

セットリスト
01.Eyes On Me
02.Kiss Me Good-Bye

イベントに参加してくれたファンに最大級の感謝を込めて、アンジェラが握手



☆☆ファイナルファンタジーXIIプレミアムミニライブ☆☆
アンジェラ・アキの登場部分を 

16分59秒 のノーカットでどうぞ (^o^)丿


d0128285_2131617.gif○配信帯域 500Kbps     → (^^) Go! Go!
○配信形態 ストリーミング
○配信形式 Windows Media Player


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by a20050309 | 2006-03-16 00:02 | ●アンジェラ2006

ファイナルファンタジーXIIプレミアム・ミニライヴ

ファイナルファンタジーXIIプレミアム・ミニライヴ

3月16日(木)PM 18:00~  
渋谷TSUTAYA 2F
アンジェラ・アキ ミニライヴ

ゲスト:植松伸夫
※プレミアム・ミニライヴは当日AM10:00までに、渋谷TSUTAYAにてソフトを購入した方の中から抽選での入場となります。
※プレゼントや観覧整理券抽選については先着順になる場合があります。
※イベントは都合により予告なく時間変更もしくは中止する場合があります。

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by a20050309 | 2006-03-16 00:01

● ビックカメラでアンジェラ・アキのミニライブも開催

2006.3.15
ビックカメラ、「FFXII」発売記念共同プロモーションを実施
アンジェラ・アキのミニライブも開催


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d0128285_5481479.jpgビックカメラは、2006年3月16日に発売予定のプレイステーション 2用「ファイナルファンタジーXII」の発売を記念して、発売前日となる3月15日より、スクエア・エニックスとの共同プロモーションを実施した。

15日にFFXIIの挿入歌「Kiss Me Good-Bye」を歌うアンジェラ・アキを店頭に迎え、トークショー&ミニライブを開催した。


大勢のファンの前に姿を現わしたアンジェラ・アキは、いつものようにラフな出で立ち。
挨拶もそこそこに1曲歌い始める。
曲は『Eyes On Me』。かつてフェイ・ウォンが歌った『ファイナルファンタジーVIII』の主題歌をピアノの弾き語りにアレンジしたものだ。アンジェラ・アキは2月18日に行われた『ファイナルファンタジー』コンサートでもこの曲を歌い、またセカンドシングルの『心の戦士』のボーナストラックとして収録されている。

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歌い終わったアンジェラは、『ファイナルファンタジーXII』の宣伝プロデューサー、岡宮道生氏とのトークで「私の中でのバトンタッチの意味で入れた」と、セカンドシングルに収録したことへの思いをコメント。

また、岡宮氏に「最近、テレビなどにも出演しているようですが」と、その活躍に話を向けられると、「ボチボチな感じでやってます」と答えていた。

JR有楽町駅の目の前にあるビックカメラ有楽町店の店頭は、電車や車の音、道行く人の話し声、それを整理するスタッフの声でかなりザワザワした様子。ところが、アンジェラ・アキが『Whenever sang my songs~』と歌い出すと、周囲の騒音はピタリとストップ(したかのように記者は感じた)。一瞬にして、その歌声でその場の空気を支配してしまったのだ。記者は時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
 
d0128285_553492.jpg続いてステージでは、『ファイナルファンタジーXII』をスタッフがプレイ。王都ラバナスタ東門からフィールドに出て、戦闘をこなす様子が披露されたのだ。その様子を見ていたアンジェラは「表情や髪がなびく表現がすばらしい」とか、「音がいいですよね」などとコメントし、興味津々の様子。

「アメリカに住む親戚が 『ファイナルファンタジー』 シリーズの大ファンで、『XII』 の挿入歌を歌うと言ったらなかなか信じてもらえなかった」というエピソードも披露した。イベントの最後は、『ファイナルファンタジーXII』の挿入歌『Kiss Me Good-Bye』。歌うにまえにアンジェラは、聴衆に以下のように語りかけた。

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植松さん(音楽担当の植松伸夫氏)のメロディーを聴いたときに、すごく壮大な曲だなあ、でも切ないなあと思った時に詞が浮かびました。英語の詞で"愛が死ぬ運命であっても、私は泣きはしない。
あなたが私の現実に夢を入れてくれたから"という意味なんですが、ゲームをすることも恋愛をすることも、現実に夢を入れるという意味で同じ。そういう気持ちを込めています


と締めくくる。

明日16日からは、ゲーム・DVDコーナーにて商品を購入した人を対象に、店舗ごとに種類が異なるFFXIIのメインキャラクターが印刷された限定の「ショッピングバッグ」(全6種類、なくなり次第終了)を配布し、発売を盛り上げていくという。また、FFXIIの発売当日には午前7時より、ビックカメラ各店(※)にて一斉に販売を開始するとのこと。


d0128285_14151265.jpg■日時 2006年3月15日午後5時~午後6時
■場所 ビックカメラ有楽町店 1階店頭 ピロティ
■イベント内容
FFXII挿入歌「Kiss Me Good-Bye」を始め、「FFVIII」の主題歌にもなったフェイ・ウォンの「Eyes On Me」のカバーなど、アンジェラ・アキさんによる生ライブ
・FFXIIのデモを交えながら、最近の活動状況に加え、「Kiss Me Good-Bye」の製作秘話などのトークショーの内容。

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by a20050309 | 2006-03-15 22:47 | ●アンジェラ2006

③ Kiss Me Good-Bye ■

2006.03.15
サードシングル Kiss Me Good-Bye


1. Kiss Me Good-Bye (日本語バージョン)
2. Sante Fe
3. 青い影
4. Kiss Me Good-Bye (英語バージョン)


Kiss Me Good-Bye (5:51)
作詞:アンジェラ・アキ 作曲:植松伸夫

Santa Fe’ (4:57)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ

青い影 (4:44)
訳詞:アンジェラ・アキ 原作詞:Keith Reid Gary Brooker 作曲:Keith Reid Gary Brooker

Kiss Me Good-Bye -featured (4:58)  
作詞:アンジェラ・アキ 作曲:植松伸夫


初回盤
「Kiss Me Good-Bye」 のミュージック・ビデオ
(FF12の映像とアンジェラのパフォーマンスを融合したPV)を収録


最高位6位 登場回数18回

全世界で5000万本の売り上げを誇るファイナルファンタジーの挿入歌に抜擢されたのがアンジェラ。詞もアキ。タイトル曲は、ファイナルファンタジーXIIの挿入歌 「Kiss Me Good-Bye」 の日本語バージョン。ボーナス・トラックはファンタジーXIIの挿入歌 (英語バージョン) を収録。

タイトル曲はファイナルファンタジーXIIの挿入歌。 『Kiss Me Good-Bye』 の日本語バージョン。英語バージョンはボーナストラックとして収録!
作曲は、これまでFF作品の曲を手掛けてきた植松伸夫が担当。

1ヶ月限定仕様
「ファイナルファンタジーXII」デカラベルステッカー付
※デカラベルステッカーは「飛行艇」バージョン。
※初回生産限定盤とは絵柄が異なります。1ヶ月後から通常盤に切り替わる。

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ファイナルファンタジーXIIの挿入歌ということもあり、裏ジャケ写は3パターンが製作された。

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■2006年3月6日(月曜日) 『Kiss Me Good-Bye』 リリースプロモ用取材インタビュー
アンジーが一番フランクにロジックした内容。


──子供のころはどんな音楽を聴いてたんですか? 何が流行ってました? 特に好きだったアーティストはいました?中学時代にバンドも経験してるんですよね。


小学校いっぱいまで徳島にいて、中学校の3年間は岡山にいたんですね。で、徳島時代の実家っていうのが想像を絶するほどの田舎で、CDショップはもちろん、お店とかもない。
3~4kmくらい行かないと、何かを買うことができなかったんです(笑)。

だからそのころは、学校で話題になっているものを聴くくらいでしたね。で、中学校のときに、私にとっては大都会!って感じの岡山に引っ越してからCDショップに行くようになって。

小室(哲哉)さん全盛の時代。最初に買ったCDが 『ドリームラッシュ』 (宮沢りえ) だから。で、そこから音楽というものをちゃんと聴き始めて。ただ地方だとやっぱりテレビとリンクしてることが多いし、邦楽中心で、自分からお洒落な音楽を探しにいく……なんていうのとは無縁な感じでしたね。

──特に好きだったアーティストはいました?中学時代にバンドも経験してるんですよね。


流行ってるものを聴いてて……という意味で、ハマってたのがX JAPAN。
ちょっとハードなロック・バンドというか、女の子バンドをやろう、みたいな感じでしたね。ちょうどプリプリとかも出てきたころだったから、女の子のロックみたいなものに憧れて。

で、そこから曲もつくり始めたんですよ。 『赤い自転車』 とか 『教室の外』 とか、よくわからない感じの曲ばっかりでしたけど(笑)

──パートは歌とピアノですか?


私はピアノの人で、歌う人は別にいたんです。YOSHIKIさんに憧れていたから、私は曲をつくってピアノ弾いていればいいんだ、という感じで。でも結局、誰の前で演奏するわけでもなく、曲をつくって、ちょっとやって終わったという。

学園祭とかにも出たかったんだけど出られないまま解散してしまったんです。青春の1ページに熱く刻まれてる感じですね(笑)」

──その経験は、現在の音楽性とはリンクしていないですよね。


私のなかでロックというのはものすごくルーツなんだけど、このバンド自体は青春の思い出かな」

──ハーフということでいじめにも遭ったと言ってましたよね。そのころの“痛み”のようなものが、今のアンジェラに何かしらの影響を与えていたりはしないかなと。


いい質問。私が育った田舎はね、たぶん外国人を見たことのない人のほうが多かったんです。うちの母親とスーパーマーケットで買い物をしてると、みんなが、ハッ!みたいな感じになるとか、ファミレスに行くと、それまでガヤガヤしていたのが急にシーンとなったり……っていうのは、いつものことで。

あと、子供っていうのはすごく残酷だから、石を投げられたり、骨折しちゃうようなこともありましたね。私にはひとつ年下の妹がいるんだけど、妹がいて、分かち合う人がいてよかったなあって。ひとりで耐えてたら気が狂ってたと思う。

で、妹はそうやって受けた痛みを外に向けて表現することができたんだけど、私はできなかったんですよ。妹を守る義務感みたいなものもあって。

でも子供というのはコンプレックスを生きるもの……というか、生きていない子供はいないと思うんです。ただ、それはすごくイヤなことだから現実を否定したいし、見たくなければ無視する。私の場合は、自分の母親がほかの子供の親とは違うっていうところに、フォーカスしたくなかった。

でもそのコンプレックスは何なのか? というのが把握できればできるほど、それは強さに変わっていったと思うんですね。コンプレックスを受け入れていくことが自分の個性につながるんだとわかったのは、大人になってからです。

たぶん音楽と並行して実ってきたのかなあと。だから15歳の時にはとうてい表現できなかったことを25歳で表現できて、デビュー曲の 『HOME』 という曲を作った……という感じなんだと思います。

──小さなころに溜め込んだ思いは、音楽を通じて消化していくことができたんですね。    
 


それはあると思いますね。 『HOME』 はね、イヤなことや傷ついたこともたくさんあったはずの故郷を“いいな”と言えるのは、私にとって故郷というのはそれほど素晴らしい場所なんだ、っていうことを言いたかった曲。

──そんなふうに故郷や自分のことを一歩引いて見つめられるようになったのは、いつごろからですか?


日本というバック・グラウンドをメインに持ちながら、アメリカに住んでいたころの自分もうまい具合に混ざってきて、いろんなものが自分の皮膚になってきたなあって感じたのは、この2~3年ぐらいなんですよ。

──2~3年前っていうと、ワシントンD.C.から帰国したあたりですね。アメリカの都会っていうと、人種のるつぼで、自由な空気を想像しがちだけど、ワシントンでの暮らしはどんな感じだったんですか?


私はアメリカでの生活より、日本での生活のほうが全然長いんですよね。だからこそ私にとってのアメリカは、日本人としての自分を表現する場でもあったし、一生懸命に表現したかったというのもあって。ワシントンは国際的だからこそ、みんなが自分のルーツを表現したがるんですよ。アラブの人たちはアラビア人だということを表現したがるし、インド人はインド人のコミュニティが強かった。アジアはアジアでコミュニティを作って……。

でも、私は日本人のコミュニティのなかに、すんなり入っていけないわけですよ。私って何なんだろう、と。日本人の友だちは何人かいたんだけど、私が普通に存在できる場所はどこなの? みたいなことをつねに問いかけてましたね。

──自分の所属する場所はどこなんだろう、と。


そうですね。だから、いまだに徳島の言葉を忘れないっていうのは、そこが私のルーツだからかな……っていうのと、そのことを通して何かを自分に言い聞かせてるのかもしれないなって思うんですよ。


──小さなころからピアノを習ってたんですよね。


そうです。ずっとクラシックをやっていて、中学のころは今以上に上手かったと思うんですよ。すごく練習してたし。

で、高校のときにハワイに移住してからもクラシックの先生について、その先生から“あなたはクラシックの資質があるから、クラシックの道に進むのか進まないのか、今決めたほうがいい”って言われたんです。

──なのにやめちゃったのは、どうして?


この道でやっていける、って言われて、すごく嬉しかったのは本当なんです。今までずっとやってきたクラシック・ピアノでミュージシャンになれるんだ! って。

でもその反面、それだけに縛られるのもイヤだなと思ったし、ポップスも好きだったし、すでに曲も書いてたんです。だから、そこではっきりと“私は曲を作りたいからクラシックのミュージシャンにならないんだ”と決めたんですよね。決めて、解放されたんですよ。

──クラシック・ピアノが物足りなかったというよりも、曲を作っていきたいという選択だったんですね。


そうですね。でもクラシック・ピアノだけじゃなく、歌と一緒になったときのピアノとか、いろんなピアノがある……っていう気持ちもありましたね。大学時代の4年間、先生についてジャズを勉強したときに、うわっ! って。何でもっと早くこれをしなかったんだろうって。あのときの4年間のジャズは、15年間やったクラシックよりも濃厚だったかもしれないくらい自分の音楽に影響を与えてるんですよね。

──ジャズは、理論からピアノ実技まで、すべてインクルードで勉強したんですか?


インクルードでした。副専攻でジャズ・ピアノを専攻したんで、ジャムセッションや即興演奏のなかに放り込まれたり、ラテンのバンドでライブをやりに行ったり。キューバ人しかいないバンドに放り込まれたりとか、すごくいい経験をさせてもらって。譜面が読めるからコードは把握できるんだけど、即興というものとはまったく無縁じゃないですか。クラシックをやってるときはもっと譜面どおりに弾きなさい”とか言われてたのに、今度は“もっと自分を表現しろ”と言われて。その違いに最初はすごく混乱してました。


──そうこうするなかで転機となったのが、'97年に観たサラ・マクラクランのコンサートでしたね。彼女が自分の気持ちを代弁してくれている気がして 「私もこういうことがやりたいんだ」 と気づいた。その時に感じたものを聞かせてもらえますか?


コンサートには1万人くらい観客がいたわけですけど、サラ・マクラクランと、1万人の中のたった1人の私とが、1対1でつながった気がしたんです。彼女がそういうことを求めて曲を作っているのかどうかはわからないけど、そのつながりを確かに感じたんですよ。

映画とかのエンターテインメントではそこまでのつながりを感じないと思うから、音楽って独特というか、不思議だなあと思うんです。

私が歌をうたう意味というのは、そのつながりをどれだけ持てるか、という、つながるために曲を作るし、つながるために歌うんだなって。それは私とあなたというつながりだけではなくて、もしかしたら和解できていない昔の自分や、希望を持っている明日の自分、大切な友だち、私の音楽をいいと思ってくれている人……。何か、いろんなものとつながっていけると思うんです。

私が書く曲っていうのは、自分が失ってしまった何かについてだったり、自分のなかでまだ解決できてないものに対して歌うわけなんです。

たとえば未熟なまま終わってしまった愛にしがみつきながら、でもなんとか解決したいと思って曲をつくるとき、そこに書いた詞の1行に誰かが何かを感じてくれたら、その瞬間にその人と私はつながるんです。

もちろんそれは結果で、私は自分のなかの何かと和解していきたいとか、決着をつけたいという気持ちを、恥ずかしいぐらい丸出しにしているだけなんですけどね。

──たしかフィオナ・アップルが好きでしたよね。女性のシンガー・ソングライターのなかには、彼女のように混沌としたものを混沌のままぶちまける人と、混沌や葛藤などのグシャグシャした感情を整理して、音楽的なクオリティも意識したうえで “作品” にできる人もいると思うんです。どちらのスタイルに共感しますか?


フィオナ・アップルは本当にヤバイっすよね(苦笑)。

特にデビューアルバムはもう、痛々しくって。で、昨年出した3枚目のアルバムも、まだ痛々しいんですよ。デビューしてから約10年、成長していないとも言えるけれど、大人としての客観性を帯びたさらなるグシャグシャ感というのが、これまたすごく好きなんです。

ありのままの自分を出しているという意味で本当に素晴らしいなって。それからアーニー・ディフランコの 『アンタッチャブル・フェイス』 っていう曲があって、これも “fuck you” の連発なんだけど、最高に好き。超ロックだなあと思うんですよね。

──フィオナの曲を聴いてると、大丈夫かなあって思いません?


すごい思う。あなたは10年間でほぼ変わっていないじゃないの、いまだにアングリーなんだねって。でもアングリーな気持ちはよくわかるというか、過去を解放しようと思っても、つきまとうものは、ずっとつきまといますからね。

それにフィオナ・アップルがデビューしたのと同じ18、19歳のときに、もし私もアルバムをつくっていたら、あれぐらいグシャグシャなものになったと思うんですよ。今の私は、ドロドロしたなかにも日差しというか、ちょっとした明かりを入れてるつもりなんです。それは、私が今そういうふうに生きたいから、という部分でもあって。

もうどうしようもない……と思っても、また新しい愛に賭けてみたいという気持ちがあるから、たとえ詞のたった1行であっても、ネガティヴなものをポジティヴなほうに持っていきたいっていうスタイルなんですよね。

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↑ 2005.7.30  『SQUARE ENIX PARTY 2005 幕張』 で同曲が初披露


──新曲の 『Kiss Me Good-Bye』 の話に。今回、作曲のほうは「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽を手がけていらっしゃる植松伸夫さんですね。制作の上で、 「ファイナルファンタジー」 のテーマ曲ということは意識したんですか?


意識してないんです。あまり詳しくないし、ストーリーも守秘義務のようなものがあるとかで、あまり聞かなかったんです。

──詞や歌について、植松さんと打ち合わせをしたんですか? 詞は曲を聴いたときのイメージを広げて?


まず詞を書く前に、こういうアイディアなんですというのを聞いてもらったんですけど、もともと植松さんからのオーダーが“僕の曲でアンジェラが歌うっていうんじゃなく、シンガー・ソングライターのアンジェラがこの曲のなかでどう表現するかを追求してほしい”というものだったんですよ。植松さんはエルトン・ジョンが一番好きなアーティストらしくて、だから歌だけじゃなく、ピアノにもフォーカスしてくださったんです。

すごく広がっていく曲だなあと思いながらも、何かせつないものを感じて、このせつなさは何なんだろう? と考えたときに、別れだったり、何かを失ったときのせつなさだったりするのかな、と。でも失ってダメになるんじゃなく、つらい日々を過ごしたあとに、新しい自分や新しい出会いが待っているような……そんなふうに聞こえたんです。

──歌のほうは? 他人の曲で歌うという違和感?


自分でつくるメロディーっていうのは、言ってしまえばカンニングと一緒で、歌いにくいメロディーはつくらないんですよ (苦笑) 。だからこの曲をレコーディングするにあたって、これまでずっとはソングライターという部分にフォーカスしすぎてて、シンガーという部分を忘れてたかも……って思いましたね。

カヴァーをやってきてたのがいい練習だったと思うんですよ。素敵なメロディーを自分の歌詞で表現する、自分のものにする、という部分で違和感はありませんね。

──歌うこと、曲をつくること、歌詞を書くこと、の優先順位はどんな感じなんですか? プロ意識が目覚めてきたってことなのかな?


実は自分のなかでもいろいろ変わってきてるんですよ。2年前に訊かれたら、いいメロディーをつくることが一番の得意技で、その次にいい詞、その次にピアノ、その次に歌……っていう順番だったと思うんです。ずーっとそうだったんですよ。でも 『ONE』 をリリースしてから弾き語りのライブをどんどんやっていくうちに、“歌う”ということと“表現する”ということが、ビュン! と上に来たような気がして。つくるのも歌うのも表現するのも同レベル、順番とかつけてる場合じゃない、みたいな。全部を含めてひとつのプロダクトなんだなあと。

プロ意識はあると思います。声が好きって言ってくれるファンの方の存在だったり。自分のコンプレックスやイヤな部分を、褒めてもらえたり認めてもらえたら、それが自信につながっていくって、あると思うんです。一番大きいのはライブです。この1年、歌とピアノで勝負してきて、その成果かなあと思います。

──dark years……って、C/Wの 『Sante Fe』 は、アンジェラのルーツを感じさせる仕上がりですよね?


そのころのつらい気持ちを歌詞として残せたのが、自分にとっては記録というか。写真と同じで、そのころの自分がたしかに存在したことを残すというのは、すごく大事なことだと思うんです。
Sante Fe』 は古い歌なんですよ。3年くらい前。ひじょうに言いづらいんですけど “dark years” と呼んでいる、私の暗~い時代の後期につくった曲なんです。

──過去なくして現在の自分はない、ということ? 今回シングルに選んだ理由は?


「『Kiss Me Good-Bye』 は、自分のポジティヴな気持ちを歌ったいちばん新しい曲。でも人間っていうのは陰と陽、lightとdarkがあるわけで、これも私であり、こっちも私が通ってきた道だというのを、あえて右と左に置きた。どんなことがあっても前向きに生きたい、と思っても、後ろを振り向かなければならないときが必ず来るんですよ。

それを無視して前に行っても、また同じ溝に落ちて、また同じサイクルで……って。“dark years” は、必ずまた巡ってるんです。でも、後ろを振り向くことによって、危険な道を避けていける能力がつくというか。だから 『Sante Fe』 という曲は、前だけを見てちゃいけない、後ろもちゃんと見ないといけない、という意味での記録なんですよ。だからすごく好きな曲なんです。

ポジティヴだけでもないし、ネガティヴだけでもない。曲調も違う。でも全部が自分だから。この曲、たぶんみんなは曲調のほうに反応すると思うんですけど、どっちかというと自分の心境を描いた詞のほうがポイントなんですよね。

──もう1曲のプロコル・ハルムの 『青い影』 を選んだのは? 『A white shade of pale』 というタイトルではわからなかったことが、 「青い影」 でわかった? 英語の曲に自分なりの解釈をつけて歌う醍醐味って、どんなものですか?


すごく好きな曲なんです。 『青い影』 を初めて聴いたのは大学時代で、遅かったんです。雑誌のインタビューで、ジョン・レノンが好きな曲ベスト3のひとつに挙げてたんですよ。どういう曲だろう?と。で、聴いたときには、クラシックとロックを混ぜるなんてすごい!って感動して。ただ、そのときは、すごく好きだなあっていうだけだったんです。日本に戻って邦題が 『青い影』 だと知ったときに、あぁ!! って何かが閃いてこの曲の内容がわかった気がしたんです。

最初は支離滅裂な詞だなあ、ラリってるんだろうなぁとか思ってたんだけども、 『青い影』 という邦題を見た瞬間、プロコル・ハルムはきっと、こういうことが言いたかったのかなあって。“あのとき僕は人生の十字路で右に行ったけれども、時間が経って振り返ったときに、あのときに左に行っていたら、もしかして幸せになっていたのかもしれない” っていう、一瞬の青ざめ。別に “ああ、ダメだ!” って後悔するんじゃなく、ただ一瞬の青ざめ。それを書いたのがこの詞なんだ、って。そのイメージからこの日本語詞を書いたんです。たとえば英語の曲のもともとの歌詞っていうのは、訳詞で読むよりも、もっと身近なもののような気がするんですよね。

──英語の曲に自分なりの解釈をつけて歌う醍醐味って、どんなものですか?


たとえば英語の曲のもともとの歌詞っていうのは、訳詞で読むよりも、もっと身近なもののような気がするんですよね。

──なんてことないラブソングも、訳詞で読むと、詞の内容はわかるのに感覚がフィットしないってこと、少なくないですね。ブラック・ミュージックのラブソングを、そのまま訳すと日本人には濃厚すぎたり?

でしょ? なんだか難しいじゃないですか。曲のテーマみたいなものを本当の意味で自分のなかに吸収して、“あぁ、なるほど”とわかったうえで、日本語で表現する……っていうのは、私にしかできないことではないけど、私が両方の文化を持っているからこそできるのかなって。さっき話した、自分にとってのコンプレックスやイヤだった部分を強さに変えていく、ひとつの方法かなとも思うんですよね。

──アルバムも楽しみにしてるんですが、どんな感じですか? 前シングルの 『心の戦士』 もチャート・アクションが良かったし、順調ですね。


進んでますよ~。4月の頭で完成させます!
チャートの何位になりたい、っていう気持ちもある反面、やっぱりいいものを残したい、振り返ったときに恥ずかしくないものをつくりたいなって。だからシングルのカップリングとかも、ひとつひとつ大切に思ってつくりたいんですよね。

■2006年3月6日(月曜日) 『Kiss Me Good-Bye』 リリースプロモ用取材インタビュー


取材を終えてアンジェラ・アキは

今日はたくさんいい質問してもらえて話しがいがありました。音楽ライターってすごい!!



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by a20050309 | 2006-03-15 00:00 | ●アンジェラ2006

『FF XII』イベントに出演

2006.3.14
『FF XII』イベントに出演!

d0128285_160944.jpg『ファイナルファンタジーXII』挿入歌に起用されているニュー・シングル「Kiss Me Good-Bye」を3月15日にリリースするアンジェラ・アキ。5月9日にSHIBUYA-AXで行なう初ワンマンのチケットが10分でソールド・アウトになるなど、今年ブレイクの筆頭新人となっている彼女が、『ファイナルファンタジーXII』の発売日、3月16日に行なわれるプレミアム・ライヴに出演する。当日は、アンジェラのミニ・ライヴのほかに、作曲者の植松伸夫氏とアンジェラとのトーク・セッションも予定されている。

また、16日の0時~17日正午まで、Sony Music Online Japan( http://www.sonymusic.co.jp/ )をアンジェラがサイト・ジャック。36時間限定で、『ファイナルファンタジーXII』のCG映像も織り込まれた「Kiss Me Good-Bye」のビデオクリップをフル・コーラスで大公開される。さらに、3月16日に開催される『ファイナルファンタジーXII』発売記念プレミアム・ライヴのダイジェスト映像が、16日24時~4月14日正午まで公開されるのでお見逃しなく!

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by a20050309 | 2006-03-14 00:01 | ●アンジェラ2006

● 2006.03.13 ミュージック・オン・ティーヴィ 

2006.3.13
M-ON! Make On The Holiday (ミュージック・オン・ティーヴィ)


昼12時から放送の MUSIC ON! TVの生放送
『M-ON! Make On The Holiday』  に初出演をしたアンジェラ・アキ。
3月15日リリースされる 「KissMeGood-Bye」 のキャンペーンだ。
CSスカパー、ケーブルTVなど、限られたユーザーのみの視聴ということもあり
渋谷BOX横のFuture cafeから生放送へ変わり、人気もあがってきた。



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3月11日の生ゲストは、今、最も注目されている女性シンガーソングライター
アンジェラ・アキさんです!

77年生まれ、中学までは徳島&岡山で育ち
高校時代はハワイ!大学はワシントンDCというグローバル!


2006年3月15日リリースされる 「KissMeGood-Bye」 は
あの大ヒットゲームシリーズ「ファイナルファンタジー」の挿入歌!



恒例のフリップトークでは

8歳での ヨモギ事件 in徳島山中!
山の中でヨモギを踏んでしまい、茎がビニール靴をグサリと貫通。
そのヨモギは、今でも足の裏に残っているそうです。

16歳には、顔面直撃事件 inハワイ!
高校時代にサーフィンをしていて、他のサーファーのボードが顔面に。
病院で8針も縫ったそうです。

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22歳は たった8か月事件 inワシントンDC!

大学卒業後、就職したものの 夢を捨てきれず8か月で退社。

時給8ドル20セントのウェートレスをしながら

音楽活動を続けていたそうです。

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徳島弁まじりのアンジェラさんに、なまり萌え!

サービス精神旺盛、愉快でとっても聡明なお話しぶり!

来る2006年5月9日には、
渋谷AXで初のワンマンライヴが行われます!

歌はもちろん、おしゃべりも沢山したいとか!楽しみですね!

ありがとうございました!

■放送日 2006年3月13日 
■時間  12時~生放送


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by a20050309 | 2006-03-13 21:47 | ●アンジェラ2006