アンジェラ・アキのすべて

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△ ファイナルファンタジー プレミアム・オーケストラコンサートDVD

2006.6.21
VOICES music from FINAL FANTASY (DVD)
ファイナルファンタジー プレミアム・オーケストラコンサート発売


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※うらジャケ写はワンクリックで拡大設定

大人気RPG「ファイナルファンタジー」シリーズのゲーム中を彩った楽曲を、著名なゲストを迎えて行ったオーケストラコンサートの模様をDVD化。
最新作の主題歌「Kiss me good-bye」を歌うアンジェラ・アキなどが主演。
特典ディスク付き。※初回限定生産(緑)特典ディスクの付 ※通常盤(右)

楽曲をテーマに、2006年2月18日にパシフィコ横浜で開催された1回かぎりのオーケストラコンサートの模様を完全収録。

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01:プレリュード(FFシリーズ)
02:Liberi Fatali(FF8)
03:フィッシャーマンズ・ホライズン(FF8)
04:祈りの歌(FF10)
05:素敵だね(FF10)
06:ファイナルファンタジー・ドゥワップ・メドレー(「モーグリーズ」アカペラ)
07:いつか帰るところ?Melodies of Life(FF9)
08:ファイナルファンタジー(FFシリーズ)
09:プリマビスタ楽団(FF9)
10:約束の地(FFAC)
11:石の記憶?Distant Worlds(FF11)
12:Eyes On Me(FF8) アンジェラ・アキ
13:Kiss Me Good-Bye(FF12) アンジェラ・アキ

二曲とも全編、映像ノーカットで観られるように張っています。
14:オペラ「マリアとドラクゥ」(FF6)
15:スウィング de チョコボ(FFシリーズ)
16:再臨:片翼の天使(FFAC)


d0128285_2473241.jpg■コンサート概要
●開催日 2006年2月18日(土)
●会場  パシフィコ横浜国立大ホール
●製作総指揮・司会  植松伸夫
●指揮  アーニー・ロス
●演奏  プリマビスタ・フィルハーモニック・オーケストラ
●ゲスト出演
アンジェラ・アキ、白鳥英美子、RIKKI、増田いずみ他多数出演

VOICES music from FINAL FANTASY公式HP

先行試写会イベント「VOICES music from FINAL FANTASY Premium Video Concert」




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by a20050309 | 2006-06-21 00:00 | ●アンジェラ2006

● Home メジャーデビュートアルバム ■

2006.6.14
Home (2nd)


メジャーデビュー公式第1弾


ディスク:1
01. Kiss Me Good-Bye (ファイナル・ファンタジーXII」挿入歌)
02. Love is over now
03. 心の戦士
04. MUSIC
05. This Love (TBS系 「BLOOD+」 エンディングテーマ)
06. お願い
07. 宇宙
08. Rain (新録音※ベースとドラムをフィチャー)
09. 奇跡
10. 大袈裟に愛してる
11. ハレルヤ
12. HOME
13. Your Love Song


ディスク:2(初回限定盤)
1. 『HOME』 ミュージックビデオ
2. 『心の戦士』 ミュージックビデオ
3. 『Kiss Me Good-Bye』 ミュージックビデオ
4. 『This Love』 ミュージックビデオ
5. ファイナル・ファンタジーXII・コンプリート・ムービー Final Edition-
6. 『This Love』 ライブパフォーマンス
  (2006.5.7 「BLOOD+・アニメ・フェス」にて収録)


Kiss Me Good-Bye (5:11)
作詞 アンジェラ・アキ 作曲 植松伸夫

Love Is Over Now (4:46)

心の戦士 (5:08)

MUSIC (4:49)

This Love (4:42)

お願い (2:51)

宇宙 (4:51)

Rain (3:56)

奇跡 (3:29)

大袈裟に「愛してる」 (5:50)

ハレルヤ (4:43)

HOME (4:54)

Your Love Song (6:06)


          
Kiss Me Good-By以外 作詞 作曲 アンジェラ・アキ


最高位:2位 登場回数:64回

アンジェラ・アキ 待望のデビュー・アルバム!
日本とアメリカ。ダブルスタンダードを持つ、個性派シンガー、アンジェラ・アキ。
2005年9月シングル  『HOME』  でメジャー・デビューし、続く  『心の戦士』  はオリコン13位、2006年3月15日に発売された 「FINALFANTASYXII」 挿入歌の 『KissMeGood-Bye』 もオリコン6位を記録するなど、デビュー以来スマッシュヒットを連続している。

上記シングル3曲の他、2006年5月31日に発売されるニューシングル  『This Love』 インディーズミニアルバム  『ONE』  収録の名曲 『Rain』 リアレンジバージョンなど13曲を収録。

卓越した存在感のあるヴォーカル。そしてダイナミックなピアノプレイ。聴かずにはいられないアルバムです。


さらに初回生産限定盤には、豪華収録内容のDVDを付加。
シングル4曲( 『HOME』  『心の戦士』  『Kiss Me Good-Bye』  『This Love』 ) のミュージックビデオの他、初収録となる 「ファイナル・ファンタジーXII・コンプリート・ムービー Final Edition-」、2006.5.7に行われた 「BLOOD+・アニメ・フェス」 での  『This Love』  のライブパフォーマンスを完全収録しています!
 

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アルバム 『Home』 のリリースを控えてたアンジーへのインタビュー

――ファースト・フル・アルバム 『Home』 が完成ということですが。 今の心境を聞かせてください。 これまで、色んなところで生活されてこられたということで、アンジェラさんがこれまで暮らしてきた場所、土地としての“Home”についても順番に少し聞かせてください。まずは生まれた場所、徳島から。 岡山は、中学の3年間、もっとも多感な時期を過ごした場所でもありますから、徳島とは違った意味での “Home” だったんじゃないですか? 岡山の3年間は、今、思い返してみても。 高校生の時は、ハワイで生活したんですよね。

今まで音楽の夢を持って、10年間、長く険しい道を歩み続けてきて、ある意味、ゴール地点でもあるんですけど、やっとスタート地点に立てたかなっていう気持ちが大きいですね。デビューの時も、 「デビュー出来る」 ということで、すごく嬉しかったんですけど、ファースト・アルバムを出すということは、デビュー以上に深く考えるものがあって。単純に、今まで諦めなくて良かったなと思うんです。インディーズからリリースしたミニ・アルバム 『ONE』 でデビューしたので、まだまだ時間は経ってないし、短いんですけど、それより前も音楽はやっていましたから。もう、色んなことを思い出したりするんですよ。だからこそ、ゴールであり、スタートでもあるのかな。

自主制作のCDを500枚売るのに、3年かかったから違和感がある数字。60万人に『ありがとう』ってハグしたい。ライブはたくさんの方が来てくれて、ステージへ上がった瞬間に泣きそうになる。パッと出てパッと売れたと言われるけど、パッと過ぎた時は一瞬もない。20代前半ではなく、人生経験を積んでから夢がかなって本当に良かった。10年続けてきて1stアルバムですから、すごく感慨深いし、完璧なものを作りたかった。どんなに頑張っても100%理想のアルバムにはならないっていうか。まぁ、それも人間味あふれていて、いいかなぁ、と(笑)。曲のクオリティーという意味では自信があります。本当に好きな曲、一生ずっと歌っていけると勇気をもって言えるだけの曲しか入れたくなかったんですよ。私にとっての“Home” になるアルバムだと思ってるんで。だから、自分が目指してきたものの集大成であり、本当の意味でスタートになるアルバムだと思うんです。

日本に戻ってきて、故郷(ふるさと)であるこの土地で音楽をやっていくということで、新たなスタートでもあり、母国語の日本語の歌で表現していって、みんなに聴いてもらって、何か繋がりを作っていって。そして、そこからまた何か戻してもらって、そのパワーが次の曲に繋がるというのを経験している上で、やっぱり故郷に戻ってきたのが正解だなって。この土地こそが、そしてみんなが、私の“Home”であるんだなって。インディーズで 『ONE』 をリリースしてから1年が経つんですけど、そういう気持ちも込めて、私の“新たな原点”であり “Home” である一枚になるんじゃないかなって思いながら 『Home』 というタイトルにね、これしかないなって気持ちで名前を付けました。

すごく言葉は大切だと思っていますから。中学を卒業してから10年間、日本を離れていたんですけど、 10年間のうちに故郷が恋しいと思ったことはあったんですけど、2002年にものすごいホーム・シックになって、日本に帰りたいと思ったんです。 2002年の時点で 「日本に戻ってこようかな?」 って、何度か往復したんですよ。それで、日本からワシントンへ戻った時、そんな“ふるさと”が恋しいと思う気持ちが溢れてしまって。  「何で、こんなに郷愁にかられているんだろう?」 と思った時に、これは“ふるさと”に呼ばれているだ 「帰る時間なんだ」 って感じたんです。

日本に帰ってからデビュー出来るまでの期間が、三年間あるんですけど(笑)。でも、戻ってきたからこそデビュー出来たわけですし、今のように音楽がやれている。アメリカでも音楽をやれていたんですけど、ここまでの“繋がり”って一度も感じたことがなかったので、日本に帰ってきて、音楽がやれて、みんなと繋がれるということは、非常に大事なことなんだなって。

徳島は、住んでいた場所としては一番期間が長いんですよ。生まれてから小学校卒業まで12年間暮らしてきた場所なので、私のルーツなんですよね。 DNAが徳島にありますし(笑)。徳島の人なんです。性格も含めて。徳島へ行くとアットホームな感じになりますし、“ホッ”としますし、 「あぁ、ここが私のふるさとなんだな」 って、すごく感じるものがあって。喋っている言葉も阿波弁やし、すごくね、“Home”だなって思いますね。 岡山に引っ越した時、育った場所じゃないけど“Home”だなって。中学校三年間の濃厚な青春時代を過ごした場所でもあったから、子供の頃の12年間と中学校の時の3年間を比べたら、同じぐらい重いんですよ。徳島も岡山も、自分に取って大切な“Home”なんですよね。

岡山は充実した3年間でした。でも、そこからハワイに飛び立った時には、急に自分の中のアメリカの血が騒ぎだしてきたんです。 徳島や岡山とは、全然町の雰囲気も違いますし、国境を越えるということはすごいことなんだなって実感しましたから。言葉の壁も大きかったですし、とてもじゃないけど友達とコミュニケーションがとれるぐらいの語学力もなかったので。なので、ハワイは私にとっての “新しいHome” でしたね。生き残る手段だったり、サヴァイヴする術を身に付けていったのも、この頃でしたし。大きなチャレンジだったけど、ハワイという土地は私が最も所属し易い場所だなと思いました。徳島や岡山で育ったんですけど、周りにハーフの子なんて誰もいなかったんですよ。違和感や疎外感を感じながら生きてきて。でも、ハワイへ行くと、自分のように日本の血が入っていたり、アメリカの血があったり、白人であってアジア人であるっていう人がいたりして、そういう人たちの中に私が入ることって珍しいことじゃないんだっていうか、逆に 「君はどことどこ?」 みたいな感じだったので。それがすごく新鮮で、 「私って、周りの人に似ているわ。顔が」 って。もうね、(自分の顔を指差しながら)こういう顔、いっぱいいるんですよ(笑)。

だから、ハワイというのは、いつまでたっても私の両手を広げて包んでくれた、“大切なHomeです。ハワイのハイスクールは4年間なんですけど、4年間をハワイで過ごして、今でも“大事なHome”だし、ハワイに住んでいる友人もたくさんいるし。メールで、いつも近況報告してくれるんですよ。最近は、結婚したり、子供が生まれたりしているんですけど、ハワイで生まれた子たちは、ホントにハワイが“Home”だと思っていて、大学でアメリカ本土へ行ったりしてもハワイへ戻って来るんですよね。ハワイは、そういうところなんです。だから、ハワイってすごく良い土地だと思うんですよ。 ハワイに根付いているって感じかな。ハワイの人ほど、自分たちの土地に対してプライドを持っている人っていないですよ。“Homeの大切さ”に気付かせてくれたのも、ハワイですから。

ワシントンの東海岸の雰囲気は、ハワイの陽気な感じとは全然違っていましたね。 大学時代は、東海岸独特の空気に染まっていきましたね。シンガー・ソング・ライターもたくさんいて、刺激を受けた場所です。 それと同時に、音楽に自信がなくて、最初に就職した場所でもあるんですよ。就職しても音楽の夢を捨てきれずに、アルバイトでずっと働いていた場所でもありますし。 ホントに “音楽と一緒にがんばってきた” っていう土地なんです。

ワシントンから日本に戻ってきて、東京という場所に初めて住んだ時にも、デビューまで3年あったんですけど、この3年間も“音楽”という夢とすごくリンクしているんですよね。 これまで生きてきた証みたいなのが、入った作品なんですね。 今回のアルバムには、ワシントンで作った曲もありますし、東京で作った曲はたくさんあるし 「HOME」 はハワイにいた時に作った曲だったりするから、自分の色んな“ふるさと”で作ってきた曲が入っているんです。 10年間の旅をしてきて、やっと帰ってきたという、自分の旅の記録なのかもしれないです。


――目指してきた10年の間には、うまくいかない時期もあったと思うけど。

アメリカのバーのような所で誰も聴いてないような状況でライブをやったり、本屋さんの隅っこにピアノ置いて歌ってた時も、この前ワンマン・ライブで歌った時も、(観客と歌で)繋がる感覚っていうのが絶対にあるんですね。それは1対3でも1対1000でも同じで、本質はあくまでも1対1。私が歌を通じてお客さんの1人1人に思いを届けると、1人1人からもパワーが返ってきて、私はそれをもらう。今まで歌い続けてこられたのは、それがあったからです。生まれ育った日本でも、15歳で渡ったアメリカでも、いつもどこか疎外感を感じて生きてきたけど、そんな中で誰かと繋がれる唯一のパッションが歌だったんです。そうしてコンプレックスから始まったものが自分のアイデンティティとなり、個性となり、強さになった。その旅がこうしてひとつの形になったんだから、愛着がありますね。

――レコーディング作業は、どのように進めていきましたか? 一曲一曲、シングルを作るぐらいの気持ちで臨んだアルバムということなんでしょうね。歌うことに対しての意識の変化などはありましたか? レコーディング、あっという間でしたか? それとも、やっぱり長かったですか? 元々、レコーディング作業は好きですか? アルバムに収録されている楽曲は、新しいものもあれば、古いものもありますけど、収録曲を決める基準についての考えも教えてください。

大切なアルバムのレコーディングではありますけど、レコーディング作業の進め方としてはシングルと同じような感じでやってきました。だからこそ、素の感じが出ているんじゃないかな。分かち合える仲間とレコーディングしたという感じです。他の人に曲を書いてもらったりすることがキッカケになって、気付かされることってあったりするんですね。

シングルという気持ちで、一曲一曲をレコーディングしました。 「Kiss me good-bye」 を歌った時のことなんですけど。植松さんに曲をいただいて、この曲を、私が作った曲じゃないものを歌って、 「どうやってアンジェラ・アキらしさを出すか」 ということを初めて考えました。その時に、自分がシンガー・ソング・ライターという中の“シンガー”という部分を、ちゃんと「フォーカス出来てなかったな」というのを改めて気付かせてもらいましたね。シンガー・ソング・ライターの中のシンガー、歌手である部分ってすごく大切だなって。 今回のアルバムのレコーディングでは、シンガーであるということを大切に歌うようにしてきました。

で、レコーディングは好きですね。あっという間でした。全然長さは感じませんでしたね。もっともっとレコーディングしたかったぐらいです(笑)。実際、2月と3月にしかレコーディングする時間がなくて、ホント、ドンドンとやっていった感じだったんですよ。 一生残っていくものを作るわけじゃないですか。だから、レコーディングはすごく刺激的な作業なんです。でも、ライヴの方が好き!(笑)。
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曲は13曲で正しかったというのは間違いないです。もちろん、完璧なアルバムだとは思わないし、完璧にしたいと思いながらも、“完璧さ”って生きていながら感じるものだから、いつまでも“完璧なアルバム”なんて出来ないんだと思うけど。この13曲に関しては、正しかったっていうのは自信もって言えますね。選んだ基準は、“私らしい曲”というところですね。あとは単純に、好きな曲だったり、ずっと歌いたい曲だったりするんですよ。13曲は、作った時期も違ったりするし、色んな曲調があったりしますけど、 「Kiss me good-bye」 で始まって、 「Your Love Song」 で終わるというアルバム一枚の流れは、とても自然な感じがしました。

曲順に関しては、プロデューサーの松岡さんと考えました。私がすごくこだわっていたのは、ピアノのイントロで始まって、ピアノのアウトロで終わるという、ピアノ中心のアルバムにすることだったんです。頭の中で、 「Kiss me good-bye」 のイントロと 「Your Love Song」 のアウトロが鳴っていたので、1曲目とラストは決めていました。あとは、バランスを考えて、どう並べるかを考えましたね。色々並び替えて聴いてみたりしたんですけど、一番しっくりきたのがこの曲順でした。最後に、スタッフと一緒に聴いてみて 「うん、やっぱりこれだね」 って。


――個性的な曲ばかりですが、聴き始めとなる1曲目のイントロとラストの曲のアウトロが残す余韻は、アルバムのイメージを強く印象づけるための大きな要素になりますからね。今回のアルバムを作っている時に、ピアノ弾き語りアルバムの 『ONE』 を意識したりしましたか?  『ONE』は弾き語りで、一発録りで、カバー曲が入っていたりして、ライヴの構成を凝縮した感じのアルバムになっていますね。 ファンにとっても、アンジェラさんにとっても、待望のアルバム 『Home』 。それぞれの曲に込められたメッセージがファンの人に、どんなふうに届くのか楽しみですね。

5月31日にリリースした最新シングル 『This Love』 もアニメ 『BLOOD+』 のエンディング・テーマ・ソングとしてオンエアされていますし、 曲を聴いてもらえるキッカケが増えるというのは良いことだと思いますよ。キッカケはゴールデンウィークに開催されたSony Music Anime Fes. 06 もそうですよね。  「This Love」 を弾き語りで披露、しかもピアノの弾き語りで。あれを聴いた1万人のお客さんの中に、何か響いた人、メッセージを受け取った人が多かったと思いますよ。 「Kiss Me Good-Bye」 の時、ゲームを作っているスクウェアエニックスの方とお会いしたんですけど、ものすごくピュアな気持ちで音楽に接してくださいましたし、それがなにより嬉しかったですからね。 ファースト・アルバムが完成した今、この先にやりたいことも見えてきたと思いますが。


どちらかと言うと、違うものだと考えています。 『ONE』 は、ピアノという原点である楽器をどのように歌と表現していくか、という作品だったので、ライヴに近いんですよ。一発録りだったし。空気感を楽しんでもらいたいアルバムですからね。でも、ファースト・アルバム 『Home』 に関しては、やっぱり今までの10年間、音楽を“諦めなかった道のり”っていう、旅をしているイメージがあって。今になってみれば、あの時の涙は決して無駄じゃなかったんだって思えるんですけど。あの当時はそんなこと思えなかったし、 「何で、こんなことをしているんだろう」 とか悩みながら、彷徨いながら、歩いていましたから。そんなふうにして 「歩いてきたこの道に意味があったんだな」 って。このアルバムを作れたことで率直に思いましたね。

早くアルバムを出したかったです(笑)。でも、このアルバムを作る為には、色んな段階を踏むことが必要だったと思うから、早く作品として出したかったという反面、今のタイミングで出せるということが良かったんじゃないかなって。完成した今は、早く聴いてもらいたいですね。 『ONE』  を出した時から応援してくれている人たちもいるし、 「Kiss me good-bye」 で私のことを知った人がすごく多いと思うんですけど、聴くキッカケはどこでも良いと思っているんですよ。キッカケがあって、そこから 「アンジェラ・アキの世界観が気になる」 とか 「好き」 って言ってくれる人たちがいるんであれば。そういう人たちにも、是非このアルバムは聴いてもらいたいですからね。 「私は、この10年間を無くしたわけじゃないんだよ」 って。このアルバムに詰め込んだし、私だけが一生懸命努力してここまで来たんじゃないから、日々戦っているものがあって、迷う時もあるし、そんな中、 「私も同じなんよ」 っていう気持ちがあって。だから、「旅にお供させてください」という気持ちがあるんですよね。 。 「Kiss Me Good-Bye」 も 『ファイナルファンタジーXII』 の挿入歌ですし。このキッカケがなかったら、アンジェラ・アキの曲を知ることはなかったという人もいらっしゃるでしょうから、タイアップというのを私はポジティブに受け止めています。あのイベントは、すごく良い経験をさせてもらったと思っています。

「こんばんは」 って言ったら、自分の声がすごく響いていてビックリしましたから(笑)。 1万人の前で歌うなんて、なかなか経験出来るもんじゃないですし。色んな出会いがあって、すごく幸せですね。 やっぱり、ライヴをやりたいです。 秋にはツアーが待っているので、この前のピアノ弾き語りのライヴ・ツアーでは行けなかったところにも行きますので、楽しみにしていてもらいたいです。 何よりも、私自身が楽しみにしているんですけどね(笑)。


――最後に 「奇跡」 では “愛が生き返る奇跡を待ってる” と歌ってるのに、先行シングルでもある 「This Love」 では “奇跡を待つよりこの手をつなぎたい” と歌っていて・・・。

そこ、絶対に突っ込まれると思ってた(笑)。でも、どっちの自分も本当なんですよね。だからなんていうか、たとえばお酒を飲んでる時に、誰かのほんのささいな一言でビビッと繋がる瞬間ってあると思うんだけど、それに似てるのかもしれない(笑)。私の歌にそんな瞬間を感じてもらえたらいいな、と思いますね。愛がテーマではあるけど、いろんな側面から見られて、いろんな楽しみ方ができる13曲だし、歌っているのはきっと誰もが感じるようなことだと思うんで、ぜひ聴いてみてほしいですね。



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by a20050309 | 2006-06-14 00:00 | ●アンジェラ2006

④ This Love  ■

2006.05.31
This Love
4th シングル


1. This Love (『BLOOD+』 エンディング・テーマ)
2. 自由の足跡
3. Kiss From A Rose


初回限定盤
BLOOD+"プレミア・ストーリーDVD(メインキャラクターの小夜とハジ、これまで二人が辿ってきた物語にフォーカスをあて編集したプレミア・ストーリー)、小夜とハジの書き下ろしワイドキャップ・ステッカー、アンジェラ・アキの歌う「The Love」のミュージック・ビデオ付き



This Love (4:43)
作詞作曲 アンジェラ・アキ 作曲:松岡モトキ 編曲:アンジェラ・アキ

自由の足跡 (5:26)
作詞作曲 アンジェラ・アキ 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

KISS FROM A ROSE (3:54)
作詞 Samuel Sealhenri 訳詞 アンジェラ・アキ 作曲 Samuel Sealhenri 編曲松岡モトキ/アンジェラ・アキ


最高位6位 登場回数12回

4thシングルは、TBS系アニメ「BLOOD+」のエンディングテーマソング。
愛を歌った壮大なバラードはアンジェラの魅力が100パーセント表現された仕上がりになった。

日本とアメリカ。ダブルスタンダードを持つ、個性派シンガーソングライター。 卓越した存在感のあるヴォーカル。そしてダイナミックなピアノプレイ。 2005年9月『HOME』でメジャー・デビュー。続く、『心の戦士』も、スマッシュヒットを記録。
2006年3月15日に[FINALFANTASY ]挿入歌『KissMeGood-Bye』をリリース、更なる飛躍が期待される。


This Love は
2006.4.8からオンエアのTBS系アニメ 「BLOOD+」 エンディングテーマ
韓国映画 「デイジー」 イメージソングにも起用された。


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TBS系アニメ「BLOOD+」の別盤ウラジャケ写もリリースされた。 ↓
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音楽に興味を持ったキッカケを教えてください。

家に電子ピアノがあってよく父が弾いてくれたのを見て、凄く興味を持ったんです。自分から「クラシック・ピアノを習いたい」ってお願いしました。あ、私は徳島の三方を山に囲まれて、テレビのチャンネルが2つしかないような凄い田舎で育ったんですよ。

だからピアノの先生も周りにいなくて、本当に遠くまでレッスンに通っていました。中学に上がった頃にはバイエルやブルグミューラーなどのベーシックな部分のレッスンは終わっていて、ハワイの高校を卒業するまではソロでコンチェルトを弾いたりオーケストラをバックに演奏していたんですが、何となく「クラシックもここまで勉強したけん、もういいかなぁ」と思っていたんです。

だけど、ワシントンD.C.の大学に入って、1学期にクラシック・ピアノを勉強したら、その先生が凄く面白い先生だったので、その先生に音楽を習いたいと思い、ピアノを続けたんです。でもその先生はジャズの人だったので、その影響でジャズに傾倒していくんですけどね。

専攻は政治経済だったんですが、アメリカの大学って、専攻と副専攻があるので副専攻はジャズ・ピアノにしました。その先生はバークレー出身で、レニー・クラヴィッツのドラマーのシンディ・ブラックマンとバンドをやっていたり、エイミー・マンと一緒に演奏していた人で、本来はジャズの先生なのに部屋一面ビートルズやエルトン・ジョン、ビリー・ジョエルの写真が飾ってあったり、ニルヴァーナが好きだったり、面白い先生だったんですよ。

その先生に4年間ついて勉強して初めてジャズの世界に触れ、即興で演奏する楽しさを知って、ジャム・セッションやラテンのバンドをやったり、ピアノだけでいえばそこでいろんな分野を経験しました。卒業してからはポップスやシンガー・ソングライターとしての活動を始めたんですが、大学4年間でのジャズの勉強にはいろいろ刺激も受けましたし、自分の音楽の中に強い影響を与えていると思います。


大学に行くまではずっとクラシックを演奏されていたわけですが、その当時はクラシック以外の音楽も聴かれていたんでしょうか?

幼い頃から家ではよく音楽が流れていました。千昌夫の次はカーペンターズ、ビージーズかなと思ったらサブちゃんが流れるという感じで、和と洋をミックスして聴いていました。母親もよく歌っていたし、歌には興味がありましたね。

お母さんは私より100倍歌が上手いんですよ! お父さんによく言われるんですけど「おまえがここまでやれるんやったら、お母さんはもっとできとったわ」って(笑)。でもそれくらい歌は身近なもの。それがピアノと一緒になったのは高校くらいからだと思います。たくさん曲を作り始めたのがその頃でしたから。


ピアノを途中でやめずに続けてこられた秘訣や、ご自身が行われた効果的なピアノの練習方法を教えてください。

ピアノをやめずに続けられた理由は母のおかげです。実際に何回もやめたくなったんですよ。他の子と遊びたいし、毎日何時間も練習しなくちゃいけない。楽しく練習していたわけじゃないんです。もうやめるって宣言したこともあるんですけど、その時うちの母親は 「やめたいならやめていいよ。でも1ヵ月考えて、それで本当にやめるならもう一度お母さんに言いなさい」 って言ったんです。これは凄くいい方法だと思いますよ。

やめてやる、って思いながら週に1回のレッスンと家での練習をこなすんですけど、なぜか約束の3日前くらいにふと、 「いや、やめなくていいんじゃない?」 って思うんですよ。なぜかそこで急に音楽の喜びを感じるんですね。約束の日になったら 「どう? ピアノやめる?」 ってお母さんに聞かれるんですけど、「いや、もうちょっと続けてみる」って答えちゃう。そういうやりとりが何回かありましたね。無理やりやらされていると感じても、やっぱりどこかに喜びがあるし、好きだから続けているんですよ。そしてそれが最終的にはやめたいという気持ちに勝つんですね。

その感動とか自分の感じるものが濃厚になってきますからね。工夫した練習に関して言えば、私だけじゃないかも知れないですけど、例えばベートーベンの 『月光』 を練習していたとします。第1楽章と第2楽章は簡単だから弾けるんですが、第3楽章は難しいので、なかなか上手く弾けないんです。 4段くらいやったらもう嫌や、ってギブアップしたくなるんですけど、そういう時は『月光』のCDの第3楽章を聴いて、耳が理解してから譜面を見て、CDも流して演奏するんです。そうすると演奏に詰まってもCDはどんどん流れていくじゃないですか。

だから一生懸命譜面を読んでついていこうとするんです。その練習のおかげで譜面を読んで消化するスピードが速くなったんですよ。詰まったところで一時停止したり巻き戻したりして何回も練習できるし、CDの演奏は有名なピアニストの方が演奏されているので強弱の付け方とかも譜面に書いてあるのを見るだけじゃなくて聴くほうが実感できるんですよね。

このやり方を 「それはカンニングですよ」 と話される先生も、 「耳で理解することは大切だから」 と言われる先生もいらっしゃいますし、いろいろな考え方があると思いますけどね。


曲のイメージはどのような時に浮かぶのでしょう。

環境がすべてなんですよ。 「HOME」 を作った時も 「心の戦士」 を作った時も、タッチや音がいいピアノを弾いている時はアイデアが降ってくる量が違うんです。自分で入り込めるんですよね。

RD-700SXを弾いている時も弾いていて気持ちいいから勝手に手がどんどん動いていって、弾くのをやめたくないからメロディがどんどん生まれてくる。RD-700SXのおかげで最近はアルバムに向けてどんどん曲が生まれてるんですよ。自分が一番好きなのはピアノの音だから、ピアノの音色がやっぱり自分のホームなんですよね。だからそのピアノがいい音色であればあるほど快適な家ということです。


では曲作りに関して、アレンジも含めて基本的なワークフローはありますか?

まず私が曲を作ってくるんですが、その時点でアレンジもある程度自分の中で聞こえているんですよね。ここでフィルを入れてとか、大体の骨組みがあって、それを松岡さんに最初に聴いてもらって「いい曲やけどAメロがちょっと弱いかな」とか「サビのフックが足りない」って言われて、もう一度考え直してくるとか(笑)。


その時点でメロディは実際に歌われているんですか? 方向性が一緒なんでしょうね。

きちんと歌詞がのっていることもあるし、単にフレーズだけの時もあります。いろんなこと、本でもそうだと思うんですけど、作者がいい作品を作る、成功するためには天才的なエディターがついているかどうかだと思うんですね。

自分で全部やっていないっていうことを暴露するとかではなくて、本当に真剣にサポートしてもらっていて、一緒に曲を作り上げていくんですよ。 3人でひとつの曲に色を付けていくんですけど、でき上がった時に最初に考えていたのと全く違うってことがなくて、ただ、自分の思っていたこと以上に美しい色付けができている。だから3人がイメージしているものがそう遠くないんじゃないかとは思います。

方向性が一緒だし、リズム感とか、曲から生まれるインスピレーションが一緒なんだと思う。でもお互いにない発想を持っているからハッとすることもあります。アイデアを共有して作り上げるから面白いんです。私1人でやっていたらここまでできないです。
 

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by a20050309 | 2006-05-31 00:00 | ●アンジェラ2006

△ ファイナルファンタジーXII (オリジナル・サウンドトラック)

2006.5.30
ファイナルファンタジーXII オリジナル・サウンドトラック


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PS2版ゲーム

「ファイナルファンタジーXII」の

オリジナル・サウンドトラック。




アンジェラ・アキ作詞&ボーカル、植松伸夫作曲による挿入歌
Kiss Me Good-Bye -featured in FINAL FANTASY XII 」(FFヴァージョン)
を収録。

さらにはゲーム未収録楽曲も加え、全100曲収録のCD4枚組。





SQUARE ENIX PARTY 2005
(スクウェア・エニックスパーティ2005) 2005.7.30


2005年9月14日にシングル 「HOME」 でメジャー・デビューするアンジェラ・アキが、この日、株式会社スクウェア・エニックスが千葉・幕張メッセで開催した 「SQUARE ENIX PARTY 2005」 (スクウェア・エニックスパーティ2005) で、ファイナルファンタジーシリーズ最新作 (FF12のテーマソング)を担当することが発表 (作曲はファイナルファンタジーシリーズの作曲で知られる植松伸夫) された。d0128285_244579.jpg
この日の総来場者数25000人!(これは、日本最大のゲームイベント東京ゲームショウの約半分の来場者) の大観衆を前に、
テーマ・ソングとなる 「Kiss Me Good-Bye」 をピアノ弾き語りによるライヴで初披露。

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スクウェア・エニックス社が今年度に発売するゲームタイトルが一同に会した展示会で、開発中タイトルの体験プレーや各種イベント、グッズの即売会などが実施された。


←2005年7月30日メジャーデビュー前のアンジェラ・アキ



2006年3月16日に
発売が決定した 『PlayStation 2』 (以下PS2) 用ソフト 『ファイナルファンタジーXII』 (以下FF12) のバトルシステムを体験できるほか、会場内に設けられた特設ステージで、トーク & ライブイベントも行なわた。

この日は、ファイナルファンタジーシリーズの作曲で知られる植松伸夫(うえまつ のぶお)氏が登場。 FF12の挿入歌となる 『Kiss Me Good-Bye』 と、曲を歌うシンガーソングライターのアンジェラ・アキを壇上で紹介。
特設ステージで、トークイベントも行なわた。 そしていよいよ植松さんの紹介により、FF12のテーマソングを歌うアンジェラ・アキさん登場。挿入歌の披露の時間となった。

ピアノの弾き語りで歌い始めた 「Kiss Me Good-Bye」 は全編英語の曲。
「日本では稀な説得力」 と植松氏が語ったとおり、かなり強いタッチでグイグイと引き込むようなピアノに、張りのある歌声が重なる。

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実際のゲームでは、これにベースやストリングスを加えてアレンジするとのことだが、その仕上がりが楽しみになる歌唱だった。植松氏とアンジェラさんのやりとりの中で、日本語版も作りたいね、といった提案もされつつ、密度の濃いステージは幕を閉じたのだった。アンジェラは9月14日に 「home」 という曲でメジャーデビューするインディーズアーティスト。

全歌詞英語の 「Kiss me Good-Bye」 を歌え終えトークに参加したアンジェラ・アキの詞について、植松氏曰く 英語になった訳を、アンジェラ自身からではなく植松本人が 「アンジーはFFが、海外で発売されることを想定して英語詞にしたらしいですよ。何処の場面で使われるかはまだ内緒です」 と、説明した。

挿入歌とは別に、テーマソングの披露はアンジェラによるピアノの演奏で盛り上がった。実際のゲームでは、これにベースやストリングスを加えてアレンジするとのことだが、その仕上がりが楽しみになる歌唱だった。植松氏とアンジェラさんのやりとりの中で、日本語版も作りたいね、といった提案もされつつ、密度の濃いステージは幕を閉じた。


スクウェア・エニックス初のプライベートショー “SQUARE ENIX PARTY 2005” で発売前の ファイナルファンタジーXII がプレー体験できることもあって大人数が押し寄せた。

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スクウェア・エニックス社が今年度に発売するゲームタイトルが一同に会した展示会で、開発中タイトルの体験プレーや各種イベント、グッズの即売会などが実施された。



※当日のことをアンジェラは自身のブログで

「Square・Enix Party 2005に参加させて頂き、何千人(!)もの人達の前で「Kiss Me Good-Bye」をピアノ弾き語りで演奏しました!!聴いてくれた皆様に、温かい拍手を頂き、本当に嬉しかったです。私はほとんど自分で作詞作曲をしているけど、 「Kiss Me Good-Bye」 は、ファイナル・ファンタジーの音楽を手がけている植松伸夫さんとコラボレートした曲です。彼の素敵なメロディーを聴いた瞬間、インスピレーションを受けて歌詞のテーマがパッと浮かびました」 と記している。


d0128285_3413354.jpg■開催概要
○SQUARE-ENIX PARTY 2005
(スクウェア・エニックスパーティ2005)
○開催日2005年7月30日、31日
○会場 千葉幕張メッセ 9・10・11ホール
○セットリスト 1.Kiss Me Good-Bye
          2.FFテーマソング(インスト)


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by a20050309 | 2006-05-30 00:05 | ●アンジェラ2006

※ (楽譜) Kiss Me Good-Bye ※

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2006.4.15
(楽譜) Kiss Me Good-Bye





Kiss Good-Bye
PIANO SOLO & PIANO&VOCAL


出版社名 フェアリー
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by a20050309 | 2006-04-15 00:00 | ●アンジェラ2006

Kiss Me Good-Bye(DVD)

2006.4.5
Kiss Me Good-Bye


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2005年9月のデビューシングル「HOME」がロングヒットを記録するなど、今後の活躍が期待されるシンガー、アンジェラ・アキ。

本作では、大ヒットゲーム「ファイナルファンタジー102」の映像と彼女のオリジナル映像を融合したPVを収録


■販売元: エピックレコードジャパン
■時間: 5 分

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by a20050309 | 2006-04-05 00:00 | ●アンジェラ2006

③ Kiss Me Good-Bye ■

2006.03.15
サードシングル Kiss Me Good-Bye


1. Kiss Me Good-Bye (日本語バージョン)
2. Sante Fe
3. 青い影
4. Kiss Me Good-Bye (英語バージョン)


Kiss Me Good-Bye (5:51)
作詞:アンジェラ・アキ 作曲:植松伸夫

Santa Fe’ (4:57)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ

青い影 (4:44)
訳詞:アンジェラ・アキ 原作詞:Keith Reid Gary Brooker 作曲:Keith Reid Gary Brooker

Kiss Me Good-Bye -featured (4:58)  
作詞:アンジェラ・アキ 作曲:植松伸夫


初回盤
「Kiss Me Good-Bye」 のミュージック・ビデオ
(FF12の映像とアンジェラのパフォーマンスを融合したPV)を収録


最高位6位 登場回数18回

全世界で5000万本の売り上げを誇るファイナルファンタジーの挿入歌に抜擢されたのがアンジェラ。詞もアキ。タイトル曲は、ファイナルファンタジーXIIの挿入歌 「Kiss Me Good-Bye」 の日本語バージョン。ボーナス・トラックはファンタジーXIIの挿入歌 (英語バージョン) を収録。

タイトル曲はファイナルファンタジーXIIの挿入歌。 『Kiss Me Good-Bye』 の日本語バージョン。英語バージョンはボーナストラックとして収録!
作曲は、これまでFF作品の曲を手掛けてきた植松伸夫が担当。

1ヶ月限定仕様
「ファイナルファンタジーXII」デカラベルステッカー付
※デカラベルステッカーは「飛行艇」バージョン。
※初回生産限定盤とは絵柄が異なります。1ヶ月後から通常盤に切り替わる。

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ファイナルファンタジーXIIの挿入歌ということもあり、裏ジャケ写は3パターンが製作された。

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■2006年3月6日(月曜日) 『Kiss Me Good-Bye』 リリースプロモ用取材インタビュー
アンジーが一番フランクにロジックした内容。


──子供のころはどんな音楽を聴いてたんですか? 何が流行ってました? 特に好きだったアーティストはいました?中学時代にバンドも経験してるんですよね。


小学校いっぱいまで徳島にいて、中学校の3年間は岡山にいたんですね。で、徳島時代の実家っていうのが想像を絶するほどの田舎で、CDショップはもちろん、お店とかもない。
3~4kmくらい行かないと、何かを買うことができなかったんです(笑)。

だからそのころは、学校で話題になっているものを聴くくらいでしたね。で、中学校のときに、私にとっては大都会!って感じの岡山に引っ越してからCDショップに行くようになって。

小室(哲哉)さん全盛の時代。最初に買ったCDが 『ドリームラッシュ』 (宮沢りえ) だから。で、そこから音楽というものをちゃんと聴き始めて。ただ地方だとやっぱりテレビとリンクしてることが多いし、邦楽中心で、自分からお洒落な音楽を探しにいく……なんていうのとは無縁な感じでしたね。

──特に好きだったアーティストはいました?中学時代にバンドも経験してるんですよね。


流行ってるものを聴いてて……という意味で、ハマってたのがX JAPAN。
ちょっとハードなロック・バンドというか、女の子バンドをやろう、みたいな感じでしたね。ちょうどプリプリとかも出てきたころだったから、女の子のロックみたいなものに憧れて。

で、そこから曲もつくり始めたんですよ。 『赤い自転車』 とか 『教室の外』 とか、よくわからない感じの曲ばっかりでしたけど(笑)

──パートは歌とピアノですか?


私はピアノの人で、歌う人は別にいたんです。YOSHIKIさんに憧れていたから、私は曲をつくってピアノ弾いていればいいんだ、という感じで。でも結局、誰の前で演奏するわけでもなく、曲をつくって、ちょっとやって終わったという。

学園祭とかにも出たかったんだけど出られないまま解散してしまったんです。青春の1ページに熱く刻まれてる感じですね(笑)」

──その経験は、現在の音楽性とはリンクしていないですよね。


私のなかでロックというのはものすごくルーツなんだけど、このバンド自体は青春の思い出かな」

──ハーフということでいじめにも遭ったと言ってましたよね。そのころの“痛み”のようなものが、今のアンジェラに何かしらの影響を与えていたりはしないかなと。


いい質問。私が育った田舎はね、たぶん外国人を見たことのない人のほうが多かったんです。うちの母親とスーパーマーケットで買い物をしてると、みんなが、ハッ!みたいな感じになるとか、ファミレスに行くと、それまでガヤガヤしていたのが急にシーンとなったり……っていうのは、いつものことで。

あと、子供っていうのはすごく残酷だから、石を投げられたり、骨折しちゃうようなこともありましたね。私にはひとつ年下の妹がいるんだけど、妹がいて、分かち合う人がいてよかったなあって。ひとりで耐えてたら気が狂ってたと思う。

で、妹はそうやって受けた痛みを外に向けて表現することができたんだけど、私はできなかったんですよ。妹を守る義務感みたいなものもあって。

でも子供というのはコンプレックスを生きるもの……というか、生きていない子供はいないと思うんです。ただ、それはすごくイヤなことだから現実を否定したいし、見たくなければ無視する。私の場合は、自分の母親がほかの子供の親とは違うっていうところに、フォーカスしたくなかった。

でもそのコンプレックスは何なのか? というのが把握できればできるほど、それは強さに変わっていったと思うんですね。コンプレックスを受け入れていくことが自分の個性につながるんだとわかったのは、大人になってからです。

たぶん音楽と並行して実ってきたのかなあと。だから15歳の時にはとうてい表現できなかったことを25歳で表現できて、デビュー曲の 『HOME』 という曲を作った……という感じなんだと思います。

──小さなころに溜め込んだ思いは、音楽を通じて消化していくことができたんですね。    
 


それはあると思いますね。 『HOME』 はね、イヤなことや傷ついたこともたくさんあったはずの故郷を“いいな”と言えるのは、私にとって故郷というのはそれほど素晴らしい場所なんだ、っていうことを言いたかった曲。

──そんなふうに故郷や自分のことを一歩引いて見つめられるようになったのは、いつごろからですか?


日本というバック・グラウンドをメインに持ちながら、アメリカに住んでいたころの自分もうまい具合に混ざってきて、いろんなものが自分の皮膚になってきたなあって感じたのは、この2~3年ぐらいなんですよ。

──2~3年前っていうと、ワシントンD.C.から帰国したあたりですね。アメリカの都会っていうと、人種のるつぼで、自由な空気を想像しがちだけど、ワシントンでの暮らしはどんな感じだったんですか?


私はアメリカでの生活より、日本での生活のほうが全然長いんですよね。だからこそ私にとってのアメリカは、日本人としての自分を表現する場でもあったし、一生懸命に表現したかったというのもあって。ワシントンは国際的だからこそ、みんなが自分のルーツを表現したがるんですよ。アラブの人たちはアラビア人だということを表現したがるし、インド人はインド人のコミュニティが強かった。アジアはアジアでコミュニティを作って……。

でも、私は日本人のコミュニティのなかに、すんなり入っていけないわけですよ。私って何なんだろう、と。日本人の友だちは何人かいたんだけど、私が普通に存在できる場所はどこなの? みたいなことをつねに問いかけてましたね。

──自分の所属する場所はどこなんだろう、と。


そうですね。だから、いまだに徳島の言葉を忘れないっていうのは、そこが私のルーツだからかな……っていうのと、そのことを通して何かを自分に言い聞かせてるのかもしれないなって思うんですよ。


──小さなころからピアノを習ってたんですよね。


そうです。ずっとクラシックをやっていて、中学のころは今以上に上手かったと思うんですよ。すごく練習してたし。

で、高校のときにハワイに移住してからもクラシックの先生について、その先生から“あなたはクラシックの資質があるから、クラシックの道に進むのか進まないのか、今決めたほうがいい”って言われたんです。

──なのにやめちゃったのは、どうして?


この道でやっていける、って言われて、すごく嬉しかったのは本当なんです。今までずっとやってきたクラシック・ピアノでミュージシャンになれるんだ! って。

でもその反面、それだけに縛られるのもイヤだなと思ったし、ポップスも好きだったし、すでに曲も書いてたんです。だから、そこではっきりと“私は曲を作りたいからクラシックのミュージシャンにならないんだ”と決めたんですよね。決めて、解放されたんですよ。

──クラシック・ピアノが物足りなかったというよりも、曲を作っていきたいという選択だったんですね。


そうですね。でもクラシック・ピアノだけじゃなく、歌と一緒になったときのピアノとか、いろんなピアノがある……っていう気持ちもありましたね。大学時代の4年間、先生についてジャズを勉強したときに、うわっ! って。何でもっと早くこれをしなかったんだろうって。あのときの4年間のジャズは、15年間やったクラシックよりも濃厚だったかもしれないくらい自分の音楽に影響を与えてるんですよね。

──ジャズは、理論からピアノ実技まで、すべてインクルードで勉強したんですか?


インクルードでした。副専攻でジャズ・ピアノを専攻したんで、ジャムセッションや即興演奏のなかに放り込まれたり、ラテンのバンドでライブをやりに行ったり。キューバ人しかいないバンドに放り込まれたりとか、すごくいい経験をさせてもらって。譜面が読めるからコードは把握できるんだけど、即興というものとはまったく無縁じゃないですか。クラシックをやってるときはもっと譜面どおりに弾きなさい”とか言われてたのに、今度は“もっと自分を表現しろ”と言われて。その違いに最初はすごく混乱してました。


──そうこうするなかで転機となったのが、'97年に観たサラ・マクラクランのコンサートでしたね。彼女が自分の気持ちを代弁してくれている気がして 「私もこういうことがやりたいんだ」 と気づいた。その時に感じたものを聞かせてもらえますか?


コンサートには1万人くらい観客がいたわけですけど、サラ・マクラクランと、1万人の中のたった1人の私とが、1対1でつながった気がしたんです。彼女がそういうことを求めて曲を作っているのかどうかはわからないけど、そのつながりを確かに感じたんですよ。

映画とかのエンターテインメントではそこまでのつながりを感じないと思うから、音楽って独特というか、不思議だなあと思うんです。

私が歌をうたう意味というのは、そのつながりをどれだけ持てるか、という、つながるために曲を作るし、つながるために歌うんだなって。それは私とあなたというつながりだけではなくて、もしかしたら和解できていない昔の自分や、希望を持っている明日の自分、大切な友だち、私の音楽をいいと思ってくれている人……。何か、いろんなものとつながっていけると思うんです。

私が書く曲っていうのは、自分が失ってしまった何かについてだったり、自分のなかでまだ解決できてないものに対して歌うわけなんです。

たとえば未熟なまま終わってしまった愛にしがみつきながら、でもなんとか解決したいと思って曲をつくるとき、そこに書いた詞の1行に誰かが何かを感じてくれたら、その瞬間にその人と私はつながるんです。

もちろんそれは結果で、私は自分のなかの何かと和解していきたいとか、決着をつけたいという気持ちを、恥ずかしいぐらい丸出しにしているだけなんですけどね。

──たしかフィオナ・アップルが好きでしたよね。女性のシンガー・ソングライターのなかには、彼女のように混沌としたものを混沌のままぶちまける人と、混沌や葛藤などのグシャグシャした感情を整理して、音楽的なクオリティも意識したうえで “作品” にできる人もいると思うんです。どちらのスタイルに共感しますか?


フィオナ・アップルは本当にヤバイっすよね(苦笑)。

特にデビューアルバムはもう、痛々しくって。で、昨年出した3枚目のアルバムも、まだ痛々しいんですよ。デビューしてから約10年、成長していないとも言えるけれど、大人としての客観性を帯びたさらなるグシャグシャ感というのが、これまたすごく好きなんです。

ありのままの自分を出しているという意味で本当に素晴らしいなって。それからアーニー・ディフランコの 『アンタッチャブル・フェイス』 っていう曲があって、これも “fuck you” の連発なんだけど、最高に好き。超ロックだなあと思うんですよね。

──フィオナの曲を聴いてると、大丈夫かなあって思いません?


すごい思う。あなたは10年間でほぼ変わっていないじゃないの、いまだにアングリーなんだねって。でもアングリーな気持ちはよくわかるというか、過去を解放しようと思っても、つきまとうものは、ずっとつきまといますからね。

それにフィオナ・アップルがデビューしたのと同じ18、19歳のときに、もし私もアルバムをつくっていたら、あれぐらいグシャグシャなものになったと思うんですよ。今の私は、ドロドロしたなかにも日差しというか、ちょっとした明かりを入れてるつもりなんです。それは、私が今そういうふうに生きたいから、という部分でもあって。

もうどうしようもない……と思っても、また新しい愛に賭けてみたいという気持ちがあるから、たとえ詞のたった1行であっても、ネガティヴなものをポジティヴなほうに持っていきたいっていうスタイルなんですよね。

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↑ 2005.7.30  『SQUARE ENIX PARTY 2005 幕張』 で同曲が初披露


──新曲の 『Kiss Me Good-Bye』 の話に。今回、作曲のほうは「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽を手がけていらっしゃる植松伸夫さんですね。制作の上で、 「ファイナルファンタジー」 のテーマ曲ということは意識したんですか?


意識してないんです。あまり詳しくないし、ストーリーも守秘義務のようなものがあるとかで、あまり聞かなかったんです。

──詞や歌について、植松さんと打ち合わせをしたんですか? 詞は曲を聴いたときのイメージを広げて?


まず詞を書く前に、こういうアイディアなんですというのを聞いてもらったんですけど、もともと植松さんからのオーダーが“僕の曲でアンジェラが歌うっていうんじゃなく、シンガー・ソングライターのアンジェラがこの曲のなかでどう表現するかを追求してほしい”というものだったんですよ。植松さんはエルトン・ジョンが一番好きなアーティストらしくて、だから歌だけじゃなく、ピアノにもフォーカスしてくださったんです。

すごく広がっていく曲だなあと思いながらも、何かせつないものを感じて、このせつなさは何なんだろう? と考えたときに、別れだったり、何かを失ったときのせつなさだったりするのかな、と。でも失ってダメになるんじゃなく、つらい日々を過ごしたあとに、新しい自分や新しい出会いが待っているような……そんなふうに聞こえたんです。

──歌のほうは? 他人の曲で歌うという違和感?


自分でつくるメロディーっていうのは、言ってしまえばカンニングと一緒で、歌いにくいメロディーはつくらないんですよ (苦笑) 。だからこの曲をレコーディングするにあたって、これまでずっとはソングライターという部分にフォーカスしすぎてて、シンガーという部分を忘れてたかも……って思いましたね。

カヴァーをやってきてたのがいい練習だったと思うんですよ。素敵なメロディーを自分の歌詞で表現する、自分のものにする、という部分で違和感はありませんね。

──歌うこと、曲をつくること、歌詞を書くこと、の優先順位はどんな感じなんですか? プロ意識が目覚めてきたってことなのかな?


実は自分のなかでもいろいろ変わってきてるんですよ。2年前に訊かれたら、いいメロディーをつくることが一番の得意技で、その次にいい詞、その次にピアノ、その次に歌……っていう順番だったと思うんです。ずーっとそうだったんですよ。でも 『ONE』 をリリースしてから弾き語りのライブをどんどんやっていくうちに、“歌う”ということと“表現する”ということが、ビュン! と上に来たような気がして。つくるのも歌うのも表現するのも同レベル、順番とかつけてる場合じゃない、みたいな。全部を含めてひとつのプロダクトなんだなあと。

プロ意識はあると思います。声が好きって言ってくれるファンの方の存在だったり。自分のコンプレックスやイヤな部分を、褒めてもらえたり認めてもらえたら、それが自信につながっていくって、あると思うんです。一番大きいのはライブです。この1年、歌とピアノで勝負してきて、その成果かなあと思います。

──dark years……って、C/Wの 『Sante Fe』 は、アンジェラのルーツを感じさせる仕上がりですよね?


そのころのつらい気持ちを歌詞として残せたのが、自分にとっては記録というか。写真と同じで、そのころの自分がたしかに存在したことを残すというのは、すごく大事なことだと思うんです。
Sante Fe』 は古い歌なんですよ。3年くらい前。ひじょうに言いづらいんですけど “dark years” と呼んでいる、私の暗~い時代の後期につくった曲なんです。

──過去なくして現在の自分はない、ということ? 今回シングルに選んだ理由は?


「『Kiss Me Good-Bye』 は、自分のポジティヴな気持ちを歌ったいちばん新しい曲。でも人間っていうのは陰と陽、lightとdarkがあるわけで、これも私であり、こっちも私が通ってきた道だというのを、あえて右と左に置きた。どんなことがあっても前向きに生きたい、と思っても、後ろを振り向かなければならないときが必ず来るんですよ。

それを無視して前に行っても、また同じ溝に落ちて、また同じサイクルで……って。“dark years” は、必ずまた巡ってるんです。でも、後ろを振り向くことによって、危険な道を避けていける能力がつくというか。だから 『Sante Fe』 という曲は、前だけを見てちゃいけない、後ろもちゃんと見ないといけない、という意味での記録なんですよ。だからすごく好きな曲なんです。

ポジティヴだけでもないし、ネガティヴだけでもない。曲調も違う。でも全部が自分だから。この曲、たぶんみんなは曲調のほうに反応すると思うんですけど、どっちかというと自分の心境を描いた詞のほうがポイントなんですよね。

──もう1曲のプロコル・ハルムの 『青い影』 を選んだのは? 『A white shade of pale』 というタイトルではわからなかったことが、 「青い影」 でわかった? 英語の曲に自分なりの解釈をつけて歌う醍醐味って、どんなものですか?


すごく好きな曲なんです。 『青い影』 を初めて聴いたのは大学時代で、遅かったんです。雑誌のインタビューで、ジョン・レノンが好きな曲ベスト3のひとつに挙げてたんですよ。どういう曲だろう?と。で、聴いたときには、クラシックとロックを混ぜるなんてすごい!って感動して。ただ、そのときは、すごく好きだなあっていうだけだったんです。日本に戻って邦題が 『青い影』 だと知ったときに、あぁ!! って何かが閃いてこの曲の内容がわかった気がしたんです。

最初は支離滅裂な詞だなあ、ラリってるんだろうなぁとか思ってたんだけども、 『青い影』 という邦題を見た瞬間、プロコル・ハルムはきっと、こういうことが言いたかったのかなあって。“あのとき僕は人生の十字路で右に行ったけれども、時間が経って振り返ったときに、あのときに左に行っていたら、もしかして幸せになっていたのかもしれない” っていう、一瞬の青ざめ。別に “ああ、ダメだ!” って後悔するんじゃなく、ただ一瞬の青ざめ。それを書いたのがこの詞なんだ、って。そのイメージからこの日本語詞を書いたんです。たとえば英語の曲のもともとの歌詞っていうのは、訳詞で読むよりも、もっと身近なもののような気がするんですよね。

──英語の曲に自分なりの解釈をつけて歌う醍醐味って、どんなものですか?


たとえば英語の曲のもともとの歌詞っていうのは、訳詞で読むよりも、もっと身近なもののような気がするんですよね。

──なんてことないラブソングも、訳詞で読むと、詞の内容はわかるのに感覚がフィットしないってこと、少なくないですね。ブラック・ミュージックのラブソングを、そのまま訳すと日本人には濃厚すぎたり?

でしょ? なんだか難しいじゃないですか。曲のテーマみたいなものを本当の意味で自分のなかに吸収して、“あぁ、なるほど”とわかったうえで、日本語で表現する……っていうのは、私にしかできないことではないけど、私が両方の文化を持っているからこそできるのかなって。さっき話した、自分にとってのコンプレックスやイヤだった部分を強さに変えていく、ひとつの方法かなとも思うんですよね。

──アルバムも楽しみにしてるんですが、どんな感じですか? 前シングルの 『心の戦士』 もチャート・アクションが良かったし、順調ですね。


進んでますよ~。4月の頭で完成させます!
チャートの何位になりたい、っていう気持ちもある反面、やっぱりいいものを残したい、振り返ったときに恥ずかしくないものをつくりたいなって。だからシングルのカップリングとかも、ひとつひとつ大切に思ってつくりたいんですよね。

■2006年3月6日(月曜日) 『Kiss Me Good-Bye』 リリースプロモ用取材インタビュー


取材を終えてアンジェラ・アキは

今日はたくさんいい質問してもらえて話しがいがありました。音楽ライターってすごい!!



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by a20050309 | 2006-03-15 00:00 | ●アンジェラ2006

※ ピアノ弾き語り アンジェラアキ/ONE(ワン) ※

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ピアノ弾き語り アンジェラアキ/ONE(ワン)


原曲に近いアレンジがうれしい

アンジェラ・アキ
47ページ のピアノ弾き語り (楽譜)






出版社: ドレミ楽譜出版社

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by a20050309 | 2006-02-21 00:00 | ●アンジェラ2006

② 心の戦士 ■

2006.01.18
セカンドシングル 心の戦士


1. 心の戦士
2. 空はいつも泣いている
3. TODAY
4. Eyes On Me(ファイナルファンタジーVIII挿入歌)


心の戦士(5:09)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

空はいつも泣いている(3:11)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

TODAY(3:50)
原作詞:William Patrick Corgan 作詞:アンジェラ・アキ
作曲:William Patrick Corgan 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

Eyes On Me -featured in FINAL FANTASY Ⅷ-(4:31)
作詞:染谷和美 作曲:植松伸夫 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

【DVD収録内容(初回限定盤)】
ファイナルファンタジーXIIプレミア・ムービー「FF XII」最新映像 ”Kiss Me Good-Bye” (3:30)

心の戦士 ミュージックビデオ (4:00)






最高位13位 登場回数17回

日米二世のシンガー・ソングライターで、これがメジャー2枚目のシングル。表題曲は生のストリングスとバンド・サウンドをバックに、彼女が力強く高らかに歌い上げる、スケール感豊かなミディアム・バラード。カップリングのピアノ弾き語りも迫力たっぷり。
SMASHING PUMPKINSの名曲「TODAY」はアンジェラがオリジナルの日本詞を付けたカヴァー曲。ボーナストラックとして1999年にフェイ・ウォンが歌った 「ファイナルファンタジーVIII」 の挿入歌を収録。


d0128285_2074454.jpg★セカンドシングル 「心の戦士」と「空はいつも泣いている」はオリジナル曲。SMASHING PUMPKINSの名曲「TODAY」はアンジェラがオリジナルの日本詞を付けたカヴァー曲。ボーナストラックとして1999年にフェイ・ウォンが歌った「ファイナルファンタジーVIII」の挿入歌を収録。

中京テレビ 『テレビニュースプラス1』エンディングテーマにもなったが地方局なので地元しか毎日聴けなかった。 1stシングル 『HOME』 の発売から約半年経っての2ndシングル。初回盤付属 『ファイナルファンタジーXII』 の映像が話題となり発売翌日のデイリーチャートで9位を記録した(マンスリーでは13位)。

アンジーは 「心の戦士」 が出来たときのことを2006年6月17日の NHK教育の 「トップランナー」 で語ったことがある。

音楽の道に本格的に進みたいと思っていたのだが、夢と現実の狭間で悩み、結局はある会社で秘書の仕事をすることになった。昼間はオフィスで仕事、夜はライブ活動をする生活を続けていただが、会社の上司や同僚もライブを見に来てくれていたそう。

だが、どっち付かずの状態にアンジーはストレスを感じながら生活していた。

ある日、上司に呼び出されて、突然 「アンジェラ、あなたはなぜこの会社で働いているの? もっと自分に賭けてみても良いんじゃない? 」 と聞いてきたそうだ。

周りから告げられた 「Take a chance on you.(自分に賭ける) 」 。

この言葉に彼女は突き動かされて、数週間後、その上司に音楽の道に進む、と告げると、一言、「 君がそれを言う日を待っていたよ 」と。。。そんな心境を描いたのか「心の戦士」だという。

ちなみに、「心の戦士」 は、2005年1月16日の 『青山 月見ル君想フ』 のミニライブで初披露されている。いつかはシングルとしてりりースを願っていたのだろう。

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2ndシングル 『心の戦士』 のコンセプトや聴きどころを教えてください。 『心の戦士』 で伝えたかったことは何でしょうか?


一度完成した曲を聴いた時に、松岡さんとの共通の印象として

凄くいいんだけど、ピアノだけ弱いよね

っていうのがあって、せっかくこんなに強いものができたのにこのまま出すのはもったいないって、ギリギリ間に合うかどうかだったけど、1日だけもらってやり直しにレコーディング・スタジオに行ったんです。


「よし弾け!」 「おっしゃー!」って感じで、歌わなくていいから立ち上がってガンガン弾いていたら、スタジオのアシスタントさんが、うわぁ、っていう顔して見てた(笑)。

でも心の戦士を聞く度に やり直してよかった! って思うんですよね。

曲のメッセージ自体が凄く前向き。

人間は仕事や恋愛などで、日々戦っているものなので、落ち込む時や諦めたくなる時ってたくさんあると思うんです。でも生きることをやめずに前に進むことができるのは、私のイメージでは自分の心のどこかに戦士のような存在がいるからだと思ったんです。

それは強さかも知れないし、真の姿とかポリシーかも知れない。そういうイメージが湧いたから歌詞はすんなり出てきましたね。

自分を励ますことから始まった曲だけど、この曲を聞いて励まされたと言ってくれる人もいて……。

そういう風に誰かが共感してくれるってことがとても嬉しいです。


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今後の活動の展望をお聞かせください。


凄く嬉しい言葉ですね。私はピアノを弾いているシンガー・ソングライターといえばアンジェラ・アキって、みんながパッと思い付くくらいになりたい。そのためにライブやCDでより高いレベルを目指してものを作り続けたい。

何を弾いても感動させられるんだって気持ちで演奏しなきゃだめですけど、できる限りの高いレベルを目指して、よりいい楽器で、またよりいい環境でピアノ・アーティストとして名前を残していきたいなという気持ちがあります。

よくアーティストの方が「歌を歌っていて1人の人でも人生を変えられたら」っておっしゃいますね。それは素晴らしいことですし、音楽の意味でもあると思います。でも、それが1人よりは100人のほうがいいじゃないですか。

100人よりも1,000人のほうがもっといいこと。そういう影響を与えられることができる、どこかしらの位置に自分がいるのであれば、それを甘く見ちゃいけないなと思うし、適当にやってはいけないと思う。


アンジェラさんにとって、音楽は喜びも多いけれど、怖いことでもあるんですね。


凄く怖いです。だって、実際に音楽ってネガティブなイメージを伝えてしまうこともあるわけですから。

でも、とにかくいいものを作りたいという気持ちが一番強いですけどね。私は音楽を目指してやっている人たちに向けてのメッセージだとしたら、私も去年デビューした新人ですけど、同期の人たちと比べたら軽く5年は年上なんですよ(笑)。

でも、私が今28歳だから言えることといえば、ただ漠然と「これがやりたい」と言うだけではなくて、明白な夢を持つことが大切だということ。趣味が夢になって実現するには明白な目標があることが大前提だと思います。私もずっと音楽をやっていて、今までも何度もレコード会社と契約するとか、そういう話になったんですが、それが何で上手くいかなかったかというと、明白なゴール、目標がなかったからなんです。

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それは確固たる決意ということにも繋がるのでしょうか?


そうかも知れませんね。
半年から1年くらいの短期間と、目標を1~3年の中期間、4~ 5年以上先の長期間の3つに分けたとして、頭で考えるだけじゃなくて、それを紙に書くだけで趣味の枠から一歩踏み出すきっかけになると思います。私もこれから目標としているところに行けるとしたら、これが秘訣なんだよって胸を張って言えるんですけどね。

ワシントンD.C.にいた時にウェイトレスのアルバイトをしていたんですけど、お店にエアロスミスのブラッド・ウィットフォードが来たことがあるんです。そのテーブルに行って、おそるおそる 「ブラッド、私も音楽をやっているんだけどひと言アドバイスをください」 って言ったら、
ここに座れ」 って言われて家族の中に座らせてもらって(笑)。

アンジェラ、僕は何十年もエアロスミスのメンバーとして音楽の世界にいる。これはなぜだと思う?」 って言うから
 
それは天才的なギタリストだからじゃないですか」 って答えたら

才能とは全く関係ないんだよ。僕がこれだけ続けてこられたのは、ただ努力してきたから、それだけなんだ。そのことだけは忘れないで欲しい」 って言われたんです。

目標があってそれに向かって努力をすれば誰だってできることだと。この言葉は未だに忘れない。その時にもらったサインを今も部屋に飾っていて、自分への戒めになっています。面倒くさくなって諦めたくなる時って必ずあると思う。

私にもこれからそういう時が来るはずです。でも頑張ろうって思い直して、またくじけて……。

人間はその繰り返しなんじゃないかな。特に若ければ若いほど、早く目標が持てれば早く到達できる可能性も増えてくるわけですからいいですよね。

私もそうだし、いろんな理由で回り道する人もいるだろうけど、ここがスタートだという時には目標がとても大切だと思うんですよ。 。


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by a20050309 | 2006-01-18 00:00 | ●アンジェラ2006

① HOME アンジェラ・アキ メジャーデビュー■





2005.09.14 
アンジェラ・アキ メジャーデビュー 


1.HOME
2.奇 跡
3.Will You Dance(日本語ヴァージョン)



HOME (4:55)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

奇跡 (3:29)
作詞:作曲:アンジェラ・アキ 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ

Will You Dance (3:26)
訳詞:作曲:ジャニス・イアン 編曲:松岡モトキ/アンジェラ・アキ


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ピアノ弾き語りの新人シンガー・ソングライター、アンジェラ・アキが、“ふるさと”についての想いを綴ったメジャー・デビュー・シングル。
カップリング曲に 「奇跡」とジャニス・イアンのカヴァーにアンジェラが自身による日本語の詩を付けた「Will You Dance」 を収録。
北海道のFM局、North waveオリジナルカウントダウン番組
「SAPPORO HOT 100」で5週連続1位(2005.11.13現在)でブレイク中。

最高位38位 登場回数15回

d0128285_11412897.jpg自身で作ったデモテープをソニーへ送り、担当者の目に止まりメジャーデビューになった。「HOME=ふるさと」 に対してのラブ・ソング。
このシングルは当初の録音源とは別テイク。
業界用に配布された 「HOME」 はこのテイクより21秒短い。



日本とアメリカのダブルスタンダードを持ち今年3月にリリースされたインディーズ盤ミニアルバム「ONE」がインディーチャートで2位を記録、また2006年3月に発売予定の大人気ゲームソフト 「FINAL FANTASY ⅩⅡ」 のイメージソングを歌うことが2005年7月30日のイベントで発表されるなど、各地で話題の個性派女性シンガーソングライター、アンジェラ・アキが、いよいよ本日 「ふるさと」 への想いを歌った 「HOME」 でメジャーデビュー!

リリース後は、 「HOME」 インストアライブツアー~あなたの「ふるさと」はどこですか?~と銘打った、全国15ヶ所でのインストアツアーを行うことが決定。あなたの 「ふるさと」 にもアンジェラが行くかも?!

エキサイトミュージックで2005.9.14当日の
「HOME」 のアンジェラ映像コメント【Windows・ビットレット=500k】


■「HOME」インストあライブツアー~あなたのふるさとはどこですか?~
d0128285_1792971.jpg日程

2005.09.17 HMV岡山

2005.09.18 新星堂徳島

2005.09.25 栄

2005.09.30 HAV阿倍野

2005.10.01 HAV三宮・心斎橋 (2公演日)

2005.10.02 HAV広島・広島フタバ

2005.10.09 HAV横浜・渋谷

2005.10.22 タワーレコード新宿

2005.10.30 HAV札幌ステラ・
玉光堂PASEO (2公演日)

2005.11.06 HAV仙台一番町


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by a20050309 | 2005-09-14 00:00 | ●アンジェラ2005